でたらめ山暮らし/ブログ版

植物から教わった冷夏

 今頃になってこんなことを書くのも何ですが、備忘録として残しておきたかったので…。


 昨年の気候ですが個人的には猛暑だと思ってました。

 我が家は木々に囲まれた山だから真夏でも熱帯夜になることはありません。ところが昨年は暑さで寝苦しい夜がありましたよ。
 まあ、東京の実家みたいにエアコン無しだと明け方まで寝付けないわけじゃなく「夜なのにちょっと暑いなぁ…」程度で普通に寝られたけど珍しいことでした。
 それと人様の仕事に行ったとき、あまりの暑さにメンバー全員が熱中症寸前で倒れそうになったこともあったし、休日の野良仕事も怖くて断念したりといった時期がありましたからねぇ。
 

 ところが我が家の畑を観るに、いつかの猛暑年みたいに雑草までがしおれて枯れるほどのことは全然なかったですね。。
 そして野菜の多くはまあ例年通りに収穫できました。

 でも熱帯性の野菜でサツマイモとサトイモ類が極端にダメでしたよねぇ…。
 同じ熱帯性でもナスやピーマンとかは寒さにも強いから大豊作でしたが、暑さを必要とするらしい野菜は全く酷いもんでした。

 サツマイモは蔓が例年の1割以下しか伸びず畑はスカスカで、イモの数は例年通り出来るがほとんど太らない状況。
 サトイモは葉や茎が小さく、でもイモはそれなりの大きさに育ってはいたが、例年みたいに親イモの回りに沢山付かず子イモが1~3個で翌年の種イモ+程度しか出来ませんでしたよぉ。
 コンニャクイモは収穫してもほとんど大きくなっておらず、途中で枯れてしまう個体もありました。


 そうした結果を見て自分の中で「猛暑だった」イメージの夏をもう一度考え直してみたんです。
 で、思い起こせば7月に入ってもまだ朝は寒くてジャンパーを着てたし(ガソリン節約のため原付のカブ号メインで通勤してました)、
 倒れそうに暑い真夏日もそういや10日か2週間程度で終わったし、あとはバイクに乗るときも上着が必須でしたよねぇ…。

 というわけで植物の言い分を聞くに、やっぱ昨年は明確な冷夏だったと結論するしかありません。
 うーん、人間の記憶やイメージなんていい加減なものだと改めて思った次第ですよぉ~ …(^_^;



 ところで余談ですが比較的多少は自由なネット系情報じゃ地球「温暖化」と「寒冷化」の双方の説を得ることが出来ます。

 ま、子供の頃に科学者を夢見て失望した雑多な知識経験からひとつの説や論に過ぎない。でもマスメディアではすでに常識というか真実になってしまってる「温暖化説」「進化論」「プレート理論」等々、まあ社会生活上では合わせる必要があるんだけど個人的には話半分に受け入れてたりします。

 別に人様に自分の考えを押しつける気もありませんけど(押しつけられるのも苦痛だからね)日々の山暮らしや個人的なイメージ偏見からは「寒冷化」の方を現時点では支持してるのかなぁ…?

 あまり人間界にこだわって閉鎖的になるより空や地面や動植物の話、それは日本語でもなく人間論理の外かもだけど、五感+で受け取れる話は自由気ままに自分の内面が広がって面白いかもしれない?という戯言でしたっ …(^o^)


山暮らし、今年も再開しましたが…

 あらま、ブログは今年に入って初めての更新でしたね~ (^_^;

 まあ例年と特に変わったこともなく出稼ぎを終えて連休前に無事帰宅。
昨年から同居をはじめたウサギも再び山の野草を食べられるようになり、さらに元気であります。



 そういや今年は少雪のため春がひと月ほど早かったとのことで、雪はすでに全く消えていて地面も青々としてました。


 あ、変わったことといえば連休の来客中に「ぎっくり腰」をやって動けなくなってしまったことですかねぇ… (>_<;
 うーん、十数年ぶりかなぁ? 過去に2度経験してるんで今まで十分に注意してたのですが忘れた頃にってやつで…。

 最初の2日は杖をついてもまともに歩けない、激痛でトイレに行くのも難儀してほぼ動けない状態でした。
 でもここ数日はだいぶ回復して杖無しで軽作業くらいはできるようになりましたが、こまめに休まないと歩けなくなるし重い物(たかが10㎏前後ですが)も持てませんねぇ。

 なので野良仕事はさっぱり進まなくて、いつもの人様仕事も復帰するのは早くて来週以降かなぁ…。
 ただ、そのおかげで日頃後回しになってた細かいこと(ちょっとした細工や補修に片付け仕事等々)をできるのは良いことかも?と思いました (^_^)


 というわけで相変わらずの山暮らしを続けています。
 とはいえ20代でドロップアウトして以来定職にも就かずここまでやってきたのですが、そろそろ世間並みに老後のことなんかも考えなきゃいけない時期なのかなぁ…? などと想うこの頃。

 まあ、ここの家と土地は「法律的に(あくまで人間世界での勝手な話)」私の所有でありますから、別に野垂れ死に(孤独死ともいう)したところでそれほど他人に迷惑をかけることもないでしょう。
 それにさんざん好きなことをやってきた自分という自覚があるからもういつ死んでも構わないと思ってるし、葬式や墓とかいうもんは不要というか全く興味がなかったりしますしね。


 余談ですが今年は個人的な縁から出稼ぎ中に休みを取り、5日ほど沖縄に行ってきました。
 そこで雪の心配もなく一年中野良仕事ができる亜熱帯気候も良いもんだなぁ… と思った次第で、老後はここで過ごすのもアリかな?とも思いました。

 うん、先のことなんて誰にもわかりませんけど、ここは諸行無常の世界でありますから常に「何でもアリの受け入れOK」と自然に意識しながらの日々を過ごしてるわけですね …(^-^)
 





近況と故郷東京に想ったこと

 またしても更新の間隔が空いてしまいましたが、現在は実家にて出稼ぎ仕事をしているとこです。
  
 もちろん夏から同居してるウサギも連れてきました。
 ウサギは環境の変化に弱く体調を壊したり下痢したりするそうですが、うちのは神経が太いというか私に似た「おおざっぱな性格」みたいで何事もなかったように都会生活に順応してるみたいですね …(^-^)


 冬の出稼ぎはここ数年同じ仕事をしてまして、まぁ探せばもっと好待遇のがいくらでもあるんでしょうが、履歴書書いたり面接して初めての職場とかが面倒なんで「ま、いっかぁ」って感じです。電話一本で即仕事をもらえるのはやっぱ楽ですからねぇ。。
 

 ところで、久々の東京生活で気になってることがあります。

 山の我が家はテレビが無いけど実家では食事時に親が観てる番組を目にするわけです。でもなんだか毎日のように都内の電車がどこかで止まってるってほど人身事故や急病人の数が多すぎやしませんか?
 うーん、昔私が実家に居て通勤通学してた頃は人身事故なんて年に何度あったかなぁ?って程度だったし、急病人で止まったことは過去に1度しか経験ありませんでしたよぉ。

 今の仕事はバイク(愛車カブ号)で通勤してるから交通機関の影響を受けることはありませんが、都会生活を離れて人ごとみたいになった今は「これって異常事態じゃないの?」と私は感じるのに何で人様の話題にもならないのか不思議で仕方ないわけです。

 病人といえば今の職場でもまだ若いのに仕事中に心筋梗塞を起こして退職した方や甲状腺の病気で医者通いしてるとか、他にも病気や体調不良の話題が多くなった気がしてます。

 実は私の親族でも最近「甲状腺癌」と診断された人がいるんだけど、確かそれって非常に希有な病気(10万人に一人とか聞いた)だったはず。というのは10年くらい前だったかな? 札幌の知人が同じ病気になって、しかし道内では専門の病院が無いとかで家や別荘を処分して関東に移住した話があったんですよねぇ…。


 ま、経験的に都会人って自分の生活を根幹から脅かすこと以外の変化には結構順応性があるんで、そんなもんかなぁ?と考えてはいますが…。
 だけど「私の故郷東京はどうなっちゃったの?」って感じがしてなりません。
 ここ数年は実家周辺で救急車のサイレンを耳にすることも慣れましたし…。
 そういや必要以外は「無関心」「無神経」を決め込むのが都会で生きるコツだったよなぁ…なんてことも想ったりもしたわけです。

 ひるがえって山暮らしは気候天候や他の生き物たちの状況はもちろん、水源地の状態に薪や灯油とかの残量等々身の回りを常に意識してないと生活に支障が出るわけですね。
 うん、だけどそれが不便じゃなくて面白いし「生きがい」なんですよぉ。
 
 あ、考えてみたらちょうど私が生まれ育った東京暮らしと山暮らしの年月が同じくらいになってることに気付きました。
 もちろん私は都会じゃなく「山暮らし」での生涯を選択しますし、もうすでに「早く帰りたいよぉ~」というのが正直な気持ちなんですけどね …(^_^;


見上げれば冬か…

 うーん、今年は忙しかったなぁ…。

 9月から仕事は日曜以外、土曜祝日も休み無しで家の仕事があまりできませんでしたねぇ。
 さらに年のせいかもだけど腰と膝を痛めて接骨院通いしたり、実家でもハプニングがあって何度か往復したりとかで山暮らしを楽しむ余裕があまりなかったよなぁ…。

 考えて見たら今年はプライベートでも大きな変化が起きた年だし、そういやウサギと同居することにもなりましたね (^-^)
 ま、私は予定調和的な安定より常に変化しながら進むことが好きな性分だからいいんです。退屈な将来に安心を見いだすより先の見えない人生の方が面白いと思うわけでして…。

 というわけで最近は出稼ぎに行くということで地元の仕事も終わりにしたから、やっと冬囲いをしたり野菜の漬け物とかを仕込んだりとマイペースなひとときを過ごせるようになりました。

 だけどすでに冬が訪れていますよ。数日中には冬じまいしなければですねぇ。
 空も山の空気感も完全に冬のそれになっていました。先ほど玄関の温度計を見たら3℃で近頃は朝からストーブの薪を絶やさないよう気をつけてます。

 ブログネタもいろいろあるので書かなくちゃと思ってはいます。
 人様に読んでいただくというより、自分が何をしたか日記代わりに記録しておきたいわけです。

 そういや今日は初雪が降りました。
 冬はクマみたいに山で冬眠生活をしたいと想ってはいるのですが、現実の問題や収入と折り合いが付かず今年も出稼ぎ生活になるわけですねぇ… (^_^;


音楽と山の静寂

 私は昔からから音楽が大好きで、ジャンルを問わず気に入れば手当たり次第って感じでした。

 子供の頃はラジオやテレビで流れる流行歌、音楽の授業で聴かされるクラシックや邦楽等にも好きな曲は多かったですね。
 そして中学の頃から洋楽に目覚め、聴くだけじゃ満足出来なくなってギターやベース等の楽器を始めるとジャズやマニアックなバンドにも興味を持ち、でも結局はシンプルなクラシック(バッハとか対位法の時代が好きですねぇ)や土着民謡系の曲がやっぱいいと想うようになりました。
 
 だけど最近は音楽そのものに嗜好や興味があまりなくなってしまいまして、山の中で自然の音に囲まれて過ごすのが一番心地いいんですね。
 まあ、たまにはお気に入りだったCDをかけてみたり、懐かしの曲をyoutubeで一緒に歌ってみたり、楽器をいじって演奏や歌唱の衰えを実感して悲しくなったりもしますけど …(^_^;


 山で過ごす1日は基本「静寂」なのですが、全くといっていいほど無音になる時間はわずかですね(その無音時間も面白いんですが)。そして音には季節や時間の経過とともに変化する楽しみがあります。

 今は夜、静寂のキャンバスを秋の虫たちが音で適当に描いてる感覚かな(えっと、ホントは音だけじゃなく土や草木の状態に季節や気候の空気とかもそのキャンバスを構成してるんだけど)。
 そういや山で生活して考えるようになったのは、最近の音楽ってわずかな隙間さえ音で埋め尽くしてる不自然感です。うーん、無音の「間」って大切な気がしました。
 

 私のいる場所は宇宙の中の地球上で日本という(人間が勝手に決めた)国土の一地方の狭い地域に過ぎませんが、ここで生活する様々な生き物の声や営みに風や雨等の音等々の「自分が生きている環境を音で実感する」ことがとても心地よく楽しくて、人工的でましてや商業的な音には興味を失ってしまう感がありますよぉ…。

 特に鳥たちの歌は大好きで、あの楽しそうでのびのびした声を聴いていると「弱肉強食」などと人間が勝手に決めつけた悲壮な世界は全く信じられませんね。

 あと例えばたかが雨音でも面白いもんで、樹木に落ち地面や草に当たる音の違いと我が家という人工建造物に当たる音が混じって、しかも雨ってわずかな場所でも降る量が違ったりするみたいだし風や季節とかの諸条件でいろいろと興味深い音を聞かせてくれます。

 なので今の自分にテレビは全く必要性を感じないし、むしろ不愉快なアイテムなので捨ててしまったわけですね。


 ところで我が家に来たウサギですが、3日目から時間を決めてケージから出して屋内を散歩させてます。
 観察してると奴は自分で声を出さない分なのか知りませんが、よく耳を動かして周囲の音に敏感な反応をしてますね。無口なほど実は世界が聞こえてるのかも?と思ったりもしました。
 
 まあ、私も独りで山暮らしを始めた頃は誰もいないからよく独り言をつぶやいてたけど、それを言わなくなってから周囲の環境が見えるようになった気がしますよぉ~ (^_^)
 

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