でたらめ山暮らし/ブログ版

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朽ち果ててゆく道

 そういや昨日は気まぐれで普段行かない我が家周辺の林道を見に行ってきました。

 まずは我が家の生活林道を終点まで車で。
前回行ったのは確か2、3年前だったと記憶してたが今の軽ワンボックス(箱バン)では結構きびしい荒れた道になってましたね。オフ車でチャレンジする獣道になりつつありました。

 途中で十字路があってそこも久々に入ってみたのですが、すでに林道の真ん中に木が生えはじめ果たして来年は通行できるのか?って感じでしたよぉ …(^_^;
 まあ、林道ってのは林業のために作られた道ですから、植林等が終わって用事がなくなると通行もなく、道の真ん中に木が生えてバイクじゃなきゃ通れなくなってるのを過去に目撃しましたけどね。

 さらに川、といっても幅が1mくらいの小川ですが、そこに向かう林道に10年以上ぶりに入ってみました。



 かつては小川の近くまで普通に行けたのですが、さすがに怖いので今回は歩きで行ってみました。
 …うん、やっぱ正解です。道のあちこちは倒木にふさがれて車どころか歩くのも難儀な藪に変わり果ててましたよ。

 そして川にはたどり着きましたが、ざっと観ただけでもあちこちの流れがダムのように滞ってて川を渡る橋(倒木を並べただけでしたが)は痕跡もなくて人が訪れた形跡がほぼありませんでした。
 ただ楽しそうに歌う鳥の声だけが私には寂しく聞こえた次第です…。




 この道は私も山暮らしをはじめた頃は時々山菜採り等で使っていたけど長らくご無沙汰してましたねぇ。
 考えてみれば当時の年寄りでさえ自分の山がどこにあるか知ってる人はすでに少なくて、でも当時はまだ自分の所有する山林を知って手入れする人がそれなりにいたんです。そして山菜採りなんかでも普通に使われてたんですよね。
 
 倒木や道にはみ出す樹木は見つけた人が処理するのが普通でした(私も生活道路に関しては年に一度、梅雨明け頃に草刈りや邪魔な枝の伐採を一応していますが)。
 
 でもその爺ちゃん世代の多くがすでに世を去り、その子供世代がもう定年退職してる時代なんですよねぇ~。
 彼らの大多数は昔の山仕事を全く知らず、というか山に興味や関心すら無くテレビに流れる東京生活をお手本に暮らしているかのように私には見えてしまいます…。

 当時は我が家前の林道も通行量がそれなりにあり地元の風習で必要な季節の品、山菜キノコだけじゃなく笹やヤマゴボウ他、あとエンドウマメの栽培に適した小枝のたくさん付いた枯れ木など、色々採集に来る年寄りからいろいろと教わったもんでした …(^_^)


 かつては全国で地域独特の生活様式や食文化があったでしょう。
 生活や慣習に必要なものを野山に求めて歩くのもそうだし、食にも現れてると感心したのは私の山暮らし昔話なのかもしれません。
 今じゃ郷土料理に必要な山菜等なんて地元スーパーで外国産が安く手に入りますからねっ …(^_^;


 とういうわけですが、荒れ果てた林道から戻った私は何とも言えない気持ちになりました。

 確かに私があの道を手入れしてかつての姿に戻すことは可能ではあるけど、そこにどんな意義があるのだろうかと??。
だって一番身近に住む私自身が10年以上使ったことがない道ですからねぇ。
 うーん、偉そうなことなんか全然言えない身分なわけですよ …(^_^;

 誰もが通った道はやがてまばらになり、見向きもされず朽ち果ててゆく…。
 その道は誰かがその意義を再発見するまで、そのままにしておいた方が良いのだろうか?
 ってのが現時点で私が出した一応の答えでありました…。



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