でたらめ山暮らし/ブログ版

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欠陥人間の生きがい

 えーっと、まずは前回書き忘れたことを補足しときますね。

 電気のない生活でご飯を温め直すときに「蒸す」ことを書きましたが、みそ汁や煮物みたいに直火にかけられない食料は蒸すことで電子レンジの代わりになるということを述べたかったわけです。

 さらにオーブントースターの代わりとしてフライパンを使ってました。
 食パンならフライパンで両面を焼けば簡単だし、ピザとか焦げて困るもんは皿やシワシワにしたアルミホイルを敷いて蓋をすれば「表面に焦げ目をつける」とか細かいことはできないけど問題なく調理できますよ。

 ついでに余談ですがパンやスポンジケーキはオーブントースターで作ることも可能で、焦げにくいよう発熱体をアルミホイルで覆ったりシビアな面はあるけど工夫すれば何とかなります(料理好きの友人から教わって私も経験済み)。
 最近はダッチオーブンなるものがアウトドア系に普及してきて、これを使えばパンだって比較的手軽に作れそうですね。

 考えてみれば世界の伝統的料理なんて元々が電子レンジ等々の電気製品とは無関係に作り出されたもんですから、薪という熱源に単純な調理器具だけでほとんどのことができるんじゃないかと思いますよ。


 要するに山暮らし全般に言えることなんだけど「○○が無いから無理」という考え方は、工夫することでほとんどが解決というか「完璧とは言えなくとも何とかなる」ってことです。


 たとえば風呂なんですけど、山に来た当初のテント暮らし時代は拾ってきた一斗缶に水を入れ焚き火で沸かし、適温になったらコッヘルで体にかけながらシャワーみたいにして体を洗ってました。
 おかげでバケツ1杯のお湯があれば頭も体もきれいにできる技?が身につきましたよ~。

 ちなみにそれは真夏でも夜の野外では相当に寒いわけでありまして、軟弱者の私にとっては決心して気合いを入れないと億劫になる行為ではありましたが …(^o^;

 もちろん暖かい浴室でのんびり快適に身を清めるなど無理な話ですが、とりあえず頭や体が不快でかゆくなることから解放され、人前に出ても恥ずかしくない程度にはきれいになれたわけですねっ。

 ま、さすがにそんな状況はイヤだったんで、やがてドラム缶風呂に進化。
 それでも露天じゃ寒いから小屋で囲って、さらには中古(ジャンク)の浴槽を手に入れて風呂小屋を建て、薪と灯油の兼用釜という具合に進化していきましたねぇ…。


 ところで旅先で知り合って我が家に訪ねてくる人の中には、私と同じように「手作りの山暮らし」を志向する方もそこそこいるわけです。

 ただ彼らの話(理想や希望)を聞いてると、どの方も「はじめから失敗や欠点のない完璧な結果」ばかりを求めているように想えてしまいます。

 そりゃすでに家庭を持って責任ある立場の「父ちゃん」であるなら私みたいないい加減なことができないのは現実でしょう。
 しかし若くて独身の自由な身分までもが「父ちゃん」みたいなことを考えるのはどうなんだろう?


 あくまで私個人の経験的意見で決して正論ではないのですが、とりあえずは「できる範囲、わかる範囲」でまずは行動してみた方が自分の「無知、無力、無能」な部分を認識せざるを得ない状況になる。
 そして自分の中だけじゃなく外部対人関係とかにおける自分の弱点や限界も(認めたくないんだが)しぶしぶ受け入れるしかない…。

 そしてそこから「自分の馬鹿さ加減を思い知らされてどうするのか?」と考え、我が身の丈と現実の調整をしていくことが個人的には面白い、というか「あ、これが地獄みたいな現実世界で生きる意味なんだろうか?」なんて想うんですよねぇ。

 もちろん欠陥人間の私には未だその解決策が見えないし、生きてる間にどうにかできる見込みや自信もありませんが、反面それは「死ぬまで退屈しない人生を約束されてる」と解釈することにしていますよ。

 山の生き物たちと接してると、1シーズンで命を終える植物や虫たちもあれば、数年から十数年の間山で生活する動物たちから学べることが沢山あるような気がしてなりません。
 連中とは日本語が通じないし直接教わることはできないけど、あとは私の気持ちや感受性次第なんでしょうねぇ。


 えーっと、今日は本当は「江戸時代とかに学べば、電気や文明の利器なんか無くとも文化的で充実した生活をおくることが可能じゃないか?」というテーマの予定だったんですが、例によって書いてるうちに思いつきが暴走して予期せぬ終わり方になってしまいました (^_^;
 
 ま、酔っぱらいが寝る前に書いてるブログだから、いつものことなんですけど…。



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テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

コメント

非常に興味深い記事でした。

とどのつまり、最初から平均(60点)を目指すのではなく
落第点ギリギリよりちょい上(30点くらい)からはじめて、
そこから平均くらいを目指すべきと(勝手に)解釈しました。
間違っていたらすみません。

おそらく、このことは山暮らしだけではなく一般的な普段の生活にも
当てはまるんじゃないかと僕は思います。
もちろん、一般生活においてはコスト(金)を対価として
めんどうは他者(専門家など)に丸投げでき、
完璧な仕事で万時解決してくれますが。

例えば、お腹が減れば外食をして、
クルマの調子が悪ければクルマ屋へ。
生活インフラ関係は役所や電力会社などの準公務員企業が。
調子が悪ければすぐに医療機関へ。

つまり、現代人の生活(人生)はかなりの部分で、
金を媒介とした他者依存というアウトソーシング(丸投げ)で
成り立っているのではないでしょうか。

食事だって下手なりに作ることは可能だし、
クルマだって重度の欠陥以外は基本的にDIYで整備できます。
インフラ関係はさすがにコスト的に厳しいでしょうし、
医療関係のDIYは無理でしょうが、工夫や予防は可能です。

現代社会は丸投げするのが当たり前過ぎて、
現代人はその状態に慣れてしまい、
本来自らが試行錯誤するべき機会を失っているように感じます。
あらゆる事柄全てをアウトソーシングは確かにラクでしょうが、
自分の経験『知』にはなりません。
そして、日本社会全体が収縮していく中で、
仮に支払う対価(金)が尽きた者はその時どうなるのでしょうか。

人間は、困難に直面して初めて気づき、
その状況下で自らが試行錯誤を行い解決して生きてきたはずです。
それこそが人生における真の『豊かさ』だと僕は思います。

もちろん、利便性の向上のためのアウトソーシング全てを
否定しているわけではありません。
ただ、自分が行うべきことを他者に行ってもらうことの線引きを、
今一度考え直すべきではないかと、今回の記事や
むてっぽー氏のライフスタイルをみてきてふと思い立ち
今回このような駄文をつい発信してしまいました。

長々と失礼しました。
これからも情報の発信を期待しております。

  • 2012/01/14(土) 20:53:22 |
  • URL |
  • shuchang #-
  • [ 編集 ]

コメントありがとうございます

>とどのつまり、最初から平均(60点)を目指すのではなく…
という解釈をしていただいてよいと思います。

私は素人だからいきなりプロ顔負けの仕事ができるはずもなく、落第点ギリギリでも出来ただけ上等!と考えてます。
それで不満や向上心が芽生えたなら、さらに進んでゆけばいいんじゃないかな?と気楽なものです。
そしてやはり「その道のプロ」の経験や技術は凄いもんだと感心するわけですね。

個人的考えですが、人々が知恵や力に得意なことを出し合い、集団で分業合理化しながら進歩することは人間が持つすばらしい特性だと思います。
ただし悪用したり破滅的な方向に進まないよう肝に銘じられないなら、原始時代に戻った方がマシなのかもしれませんが…。

私としては「生きる上で必要なことを出来るだけ手の内におさめたい」興味があって山暮らしを始めたわけで、たまにはそんな個体がいるのもアリかな?と勝手なことを考えています。


  • 2012/01/16(月) 23:07:45 |
  • URL |
  • むてっぽー #-
  • [ 編集 ]

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