でたらめ山暮らし/ブログ版

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クモの死にざまに…

 我が家の中にはクモがあちこちで生息しています。

 さすがに目立つ場所に巣を張られたら見苦しいから問答無用の撤去ですが、目立たぬ場所でやってる分には構わないんで放置してますよ。
 私の気持ちが通じたのかは知りませんが、今は嫌がらせのように屋内に巣を張る奴はいなくなりましたね。


 ところでキッチンの端っこ、窓の左隅っこ上の全く邪魔にならない場所にいつも生息してるクモがいます。



 脚を除いた体は1㎝にも満たない小さい奴だけど、もう何年もここでひっそり生きてますねぇ。左に見える丸っこい玉は卵みたいで、孵化するのを見守ってるのは間違いないかと思います。
 しかしこの時期はもう獲物はほとんどかからないだろうし、ほとんど飲まず食わずで番をしてるみたいですよ。
 全くといっていいほど動かないから時々息を吹きかけたりしてみると、少し動くんでちゃんと生きてはいるみたいです。

 そういや先日、別の場所ですが巣にカメムシが掛かり大騒ぎになってました。
 カメムシも自分より小さい相手だと相当な強気で威嚇してたし、クモの方も一応捕獲しようという意志は感じられるがひるんでしまって脚を一本チョコチョコ出しては引っ込めの状況でした (^o^) …結局は逃げられてしまいましたけどね。


 ま、正直クモの生態には関心ないんで、正確な時期は憶えてないが確か春頃かな?
 卵がかえると体が1㎜に満たないほどの子グモ(百匹以上はいると思う)が大量発生する場面を時々目撃します。
 そして2~3日は周辺にたむろしてるがそのうち消えてしまう…きっと窓の隙間から外へ旅立ったんでしょう。そうでなきゃ今頃我が家はクモの巣だらけになってるでしょうからねぇ。

 …自分の子供達が無事に生まれ旅立ってゆく姿を見届けるクモの気持ちを考えてみましたよ。
 なんか人間の多くは自分たち以外の生物に「喜びや楽しみ等々」みたいな人間的感情?を認めてない風潮があるような気がします。
 でも山暮らしの体験から想うに私が出会って見聞きする山の生き物たちは歌ったり遊んだりしてる鳥や哺乳類たちはもちろん、小さな虫けらだって自分で考えては立ち止まったり行き先を決めたりとそれぞれに個性があるように見えてしまいます。

 だからクモだって子供達の誕生と無事な姿を見ることに幸せや喜びを感じてるんじゃないかと想えてなりません。
 クモの寿命ってそんなに長くないと思われます。
 たぶんその中の数匹がここに残り、この安全な場所?で子孫を残す役割を負ってるのかもしれないと考えたりもしましたよ…。


 ちなみに人間界では「益虫」とか言われてますが、個人的にはどーでもいい話です。
 とりあえず家主の私に迷惑や不愉快な気持ちを起こさせなければ、こんなボロ家を気に入ってくれて悪い気がしないってだけのことだな。

 確かに人間とは全く異質の生き物ではありますが、自由に生きて子孫を残したい気持ちには私と繋がる部分があるんじゃないか?という気もしてますよ (^_^)


 ちなみに最近はトイレの、やはり窓の左上の隅っこに生息してるクモがいることに気付きました。
 やはりそいつも卵のそばで動かずに見守ってる状態です。

 そしてその10㎝ほど下にはもう一匹のクモがいますが近くに卵は無くて、よく見たら干からびてカビが生えてますよぉ。
 本能と仲良く自由好き勝手に生きた上で、最期に子孫繁栄の様に満足して世を去ったんでしょうか…?
 個人的にはそんな生き方がとてもうらやましく思えますが、人間以外の生き物には普通のことなんでしょうね。
 
 たとえ天寿を全うしたとしても、山の生き物たち最後に待ってるのは「野垂れ死に」なわけです。
 だけど山暮らしで沢山の生き物たちの死骸を見た経験から、やっぱ正しい死に方はこれなのでは?と考えてる自分がいます。

 そんなことから私は「死んでも葬式や墓は不要」と考えてるんですが、これ以上「バカキチガイ」と人から思われたら困るんでブログ以外の現実では他人様に多くを話さないことにしています…。

 
 

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テーマ:ナチュラルスタイル - ジャンル:ライフ

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