でたらめ山暮らし/ブログ版

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虹の向こうに見えたもの

 今日は人様の仕事に出てましたが、現場で通り雨がありましたよ。
 濡れながらの作業はイヤなものですが、個人的には晴天猛暑続きの雨はありがたく嬉しいものでした。


 そして雨上がりの空には綺麗な虹が現れましたよ~っ (^o^)
 
 

 確かに色の違いを大ざっぱに数えてみたら7色ありますね。
 だけどもし人間が紫外線や赤外線とかを見られるなら、もっと大きくて多彩なものなのかもしれません。

 経験的に虹は2重3重に現れることが多いから、注意して見ると外側にもう一つありましたよ。
 とても薄いけど、一応写真にも写ってますねぇ。
 相棒に言ってもわからないようなんで目印になる木を指さしながら説明したら、やっとその存在に気付いたみたいです。

 …世の中には「誰でも明らかにすぐ見てわかるもの」「人から教わったり、よくよく注意しないと気付かないもの」「明らかに存在してるわけだが目には見えないもの(紫外線や赤外線とか)」等々が、いろいろ雑多に混ざり合って存在してるみたいですねぇ。


 ところで虹が発生する原理は科学的に説明がついてることを、子供の頃に本で知りました。そして霧吹きで虹を作って遊んだ記憶がありますよ~。
 だけど今日想ったのは科学的原理とかより、雨が降ったら虹が出る「しくみ」を持ってる地球の面白さです。

 今までは「自然の摂理には無駄がない」とか考えてもいたんですが「この虹が現れることで自然界の役に立つことがあるんだろうか?」 …なんて思ってしまったわけです。
 ま、山の鳥たちのオスなんかは無駄に美しい姿だったり用もなく美声を競ってたりしてますが、純粋に子孫繁栄や生活のみを考えたら合理的でない行為かという気もしますよね。

 もしかしたら地球を含めた存在ってやつは「美意識を持ち表現する自由や権利」を与えられてるんじゃないかなぁ …なんて想ったりもしましたよ。
 そう考えたら植物や虫けら(もちろん重要な存在ですが)から鳥類哺乳類にいたるまで、姿形や生活や行動様式のどこかで美意識を表現してるような気がしました。


 本能や環境に制限されることを「不自由」とみることもできますが、逆に考えればある程度の制約やルールに乗った方が適度なスタイルを簡単に得られ楽しめるメリットもあるかと思いました。
 人間の音楽に例えれば、調律や音階とかのルールの中で動いた方が(それらを超越し表現できるほどスケールの大きい人物ならは別でしょうが)かえって自由お気楽にやれたりするわけです。
 

 というわけですが、私はだらしない性格なんで現在我が家の屋内外ともに片付かずメチャクチャで、まるで美しくない状況です …f(^_^;
 仕事や生活に追われてるようじゃ、個性や美意識なんか程遠い存在だと思いますよぉ~。

 結局は「有り余る自由時間」を得ることが、一番大切なことなんじゃないか? なんて言い訳を考えてる次第です…。
 


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テーマ:小さな幸せ - ジャンル:ライフ

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