でたらめ山暮らし/ブログ版

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新年度に散漫な与太話

 早いもので4月になってしまいまして、山に戻ることを具体的に考える時期ですね。
 とりあえず知人に積雪状況を見てもらうようお願いして、その報告待ちです。

 ところで都会でのニート?も3ヶ月過ぎたわけで、親と同居する楽や便利さに慣れてしまったこの頃です。
 正直なところ山に戻るのが面倒くさいという気持ちが多分にあります。
 実は「変化や新しいこと」に対して私はかなり消極的というか、行動すること自体が億劫だったりしますね。
 …たぶん多くの日本人と同じ気質じゃないかと考えてますよ。

 だから政治経済に多少の波はあっても昔みたいに自民党支配の安定した世の中が続いてた方が、私としても冬の出稼ぎでまとまった金額を手にして、楽に山暮らしができるから良かったわけです。
 もちろん不景気が深刻化して時代が変わってしまったから「もう行けるとこまで行った方がいいのかなぁ?」と、今は考えてますが…。
 

 ところで何を信じるかは人それぞれ自由だと思います。
 昔の仲間達も「人間いつどうなるかわからない」と言いながらも、天災に病気や事故に遭うこともなく退職金と年金で豊かな老後を過ごす人生設計をしていますね。

 一方私は「事故や病気で不幸になるか、悲惨な老後で野垂れ死に」とヘラヘラ言ってるわけですが、それは周囲がそのように決めつけるし反論する要素もないから話を合わせてるだけで、誰も悲惨な死に方なんか希望してませんよ(最期は土に還って肥料になりたい希望はありますが)。
 ただ「孤独な野垂れ死にや突然死もやむなし」と開き直れたら、人の世にある多くの悩み事は消えてしまうと思いますがどうでしょう?…。


 世間じゃ「これからさらに困難な時代が続く」みたいな情報も溢れてるようだが、少なくとも私は悲観的な終末思想を信奉する気はありません。
 どれほど悲惨な戦争や流行病があろうとも、ちゃんと何割かは生き残って人が未来につながってゆく歴史がありますからね。

 話によるとアメリカあたりでは山奥に要塞みたいな家を建て、数十年分の食料と財産を蓄えて武装してる人々がいるとか…。
 社会や人間不信に「自分さえ生き残れば」という考えを極めれば行き着くことなんでしょうが、それでも結局は「天災や病気、事故」といった運命の不可抗力から逃げることはできないと思いますよ。もちろん武装してても戦闘に負けたら生き残れませんしね。

 最近は書籍やネット情報でも「食糧危機が来るから備蓄せよ!」的な話をよく見かけますが、私は食料や財産を蓄えたから生き残れるという考えには懐疑的です(もちろん最低限の備えは必用かと思いますよ)。
 そういや以前、引退した実業家の方から「金儲けしたいのなら人の役立つことや喜ぶことをやれ。そうすれば人は喜んでお前にゼニを置いてゆくぞっ」と言われたことがありました。
 だから別に備蓄なんかしなくとも「人の役に立つことや喜ばれることをできる人」の方が、結局は何があっても生き残れるんじゃないか?(しかも身軽に!)という気もしてますよ。

 ちなみに野生の生き物たちも自然環境の変化に耐えられず死滅する奴も多いが、その一方で知恵や機転で適応して子孫を残す個体もいるわけです。
 個人的には「結局は運次第」と考えてますが…。


 ま、私は自分勝手で社交的な人間じゃないから、独り山の中で行けるとこまで生きられたら良い、というだけです。
 それに山暮らしを始めた動機自体が未来を悲観してのサバイバル的発想じゃなく、単に「環境のよい土地で、楽に好き勝手な生活をしたいっ!」ですからね。

 だから保存食の上で銃を構えるようなことに興味ないし、大地が毎年与えてくれる作物を素直に頂いて食ってた方が気楽でいいと思いますよ (^o^)




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