でたらめ山暮らし/ブログ版

捨てられなくて、片づけられない人

 本日で無事に出稼ぎ仕事が終わりました。いやぁ〜メデタシです (^o^)


 で、今は寮の部屋を片づけて荷造りしてるんですが、さっぱり進みませんよぉ。
 …私は個人だとモノを捨てたり片づけたりができない「ダメ人間」なんですねぇ(苦笑の2乗)。
 ついでに切羽詰まらないとまるで動かない「霊長目ヒト科のナマケモノ」なんで、先日の土日は何もしてませんでした。
 とにかく掃除と片づけは人様の何倍も時間がかかる奴だったりします。

 部屋には段ボール箱3つと、でかバッグが2つあります。それらに適当に突っ込めば荷造り完了の予定だったんですが、どう考えても収まる要素がありません。
 書籍と衣類だけでも赴任時の荷物を倍に膨らましてますよ。

 普通は本やいらない衣類は捨てて帰るのが一般人らしいですけど、雑誌を含めて書籍はなかなか処分する決心がつきません。
 衣類に関しては「衣食住」の中で唯一「全く自給のできないネック」という意識があるもんですから、首が伸びて穴が空いたTシャツでも捨てるに惜しいんですよ(着なくてもウエスや雑巾になるだろう、とか考えてしまいます)

 ま、3年前の出稼ぎよりはマシですけど。
 あの時はPCの組み立てに凝ってしまいまして、本体が数台+さらに数台分のパーツ類が溜まってまして、仕事が終了してからも寮で3日荷造りしてました。宅配便の送料だけで1万円を超えましたねぇ (^-^;


 仕事の時は権限の範囲でどんどん不要品を処分するし、「時間がもったいない」という意識が常にあるから「効率」を最優先に考えて動けるのに、自分のことになるといつも「この有様」です (^_^;


 とにかく明日の昼までには荷物をまとめて出なければなりません(今回だけは"待ったなし"です)。
 ま、明日の朝からバッグで荷物を駐車場の車までピストン輸送して、なんとか脱出するしかないでしょう(いつものことですが)。

 だいたい、この忙しいときにブログに落書きしてるような状態ですから、自分でも呆れてしまいますよ。

 きっとやる気と能力がないんでしょうねぇ…。

テーマ:日々の暮らし - ジャンル:ライフ

幸福いう買物

 「カネで幸福が買えるか?」という設問を、よく目に耳にします。

 私自身は「そんなの人によるでしょ?」としか答えようがありません。
 だって"カネで買えるもの"にしか興味のない人は「買える」と言い切って正解でしょうし、"カネで買えないもの"にも関心ある人には否定的な答になるでしょうからねぇ。
 そんな個人的なことに"普遍的な真理"を求めて設問する方が見当違いだと思いますよ。

 ちなみに私の山暮らしは"カネで買えない"部類にはいると思います。
 なぜなら「自分の力で開墾して家を建て生活を創る」のがテーマですから、それを業者に委託してしまうと元も子も無くなってしまうわけです。
 「技術、経験、予算なしっ」という三拍子揃った状態で、どのように知恵を絞ってやりくりするかが楽しいのですからね…。
 でもまぁ、もう少し予算があった方が「もっと楽に速く」結果が出せたのは確かですが …σ(^_^;


 もし私が山暮らしをせず、企業組織に所属したままだったなら、今頃自分のことを相当に勘違いして、根拠のない過大評価(早い話が"自惚れ"ですね)してたんだろうと思います (^-^;
 何もない山林原野に独りで向かってみて、能力の限界というか本当に「たかが知れてる」自分を思い知らされました。…そして人様の縁や好意のありがたさを実感したものです。


 ところで私は一生遊んで暮らせる身分の人を何人も知ってますし、実際全くと言っていいほど働かず遊んで過ごしている人達もいます。
 でも正直彼らのしていることを観てて羨ましいと感じたことはありません。「資格のない人間が大金を持ってはイカンのだなぁ…」と想うだけです(ちなみに社会的責任をまっとうした上で、悠々自適に暮らしてる人は含みませんよ)。
 ま、働かずに生きてゆけること自体は羨ましいんですけどねぇ (^-^;

 
 また「何のために生きているのか?」という設問もよくありますが、私は「幸福になるために生きてる」と一言で片づけておしまいです。
 「じゃあ幸福とは?」などと聞かれても、それこそ全く個々によって違ってくる問題なわけで「そんなもん人によるでしょうし、それを探して実現するのが人生じゃないの?」としか答えようがありません。
 個人的には「好きなことやしたいこと」を素直にやってくだけで、自然と「自分にとっての幸福」の骨格が見えてくるような気がするのですが…。

 一流大学を出て高級官僚や有名企業に入ることを基準にして、地位や年収で人間を計ることに腕を捕まれてる人には「人生の難題」らしいですけどねぇ。
 私は馬鹿だから単純に答えて、それ以上考える気もありませんよ。


 私は「定職資産も無く不安定な身分のくせに、いい年して道楽ばかりしてる”ろくでなし”」なわけですし、確かにそれは事実と認めます。
 世間様から見れば「不幸な人間の典型」なのでしょうが、自分では山暮らしを始めて「最高に幸せ」だと実感してますし、今後はもっと幸せの質を高めるよう「生活を創ってゆきたい」希望があります。
 他の人には当てはまらない価値観でも、本人が「野垂れ死にしても行う価値がある」と思ってるんだからいいじゃないですかぁ〜?。
 

 そして生活のために仕方なく出稼ぎしたり人様の仕事を請け負ってるわけですが、外に出て働き様々な人と出会うことでたくさん「人生の栄養」をいただけるのはとても良いことです。
 得られるのは「おカネ」だけじゃないんですよねぇ…。


 というわけで、私には幸せのネタを入手するのに「貧乏」という立場が、実はとても効率がいい訳です。
 


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山と都会が交錯する頃

 出稼ぎ生活も、いよいよカウントダウンの時期になってます。

 今朝は通勤で歩く道端にツツジの蕾を見つけました。我が家の山に比べて随分と早いですが、雪の無い都会ではこんなもんでしょうね。
 会社の芝生はだいぶ青くなってきましたし、気の早い雑草たちはボチボチと小さな花を咲かせています。

 気候的にも朝の出勤時は上着があった方が良いかなって程度で、すっかり暖かな春らしくなりましたねぇ。

 もう、こんな風景を見てしまうと、仕事も含め都市生活にすっかり「やる気」が失せてしまいますよ。


 私は暖かい(さらに暑くなった)都会に全く魅力を感じません。
 春を迎えた山は雪が溶け新緑の地となり、鳥が集い、他の生き物たちも活発になってきます。
 私の価値観で見るに、どう考えてもこれからは山に居る方が楽しいし、有意義なんですよねぇ。

 確かに冬は雪に閉ざされて不便この上ないから(本当は冬が大変な分、一番面白いんですけど)都会で稼いだ方が利口です。趣味や読書の時間も持てますしね。
 冬の暮らしが楽で、それなりの自由時間も得られ、年間収入の屋台骨を支えてる「出稼ぎ」は私にとって重宝するものです。

 
 だけど、終わりはいつも「出稼ぎ生活はこれを最後にしたいっ!」って思いながら山に帰る毎春だったりもします…。


 とにかく今は「気が抜けてるのは仕方ないけど、手を抜かぬように…」と、何事もなく無事に仕事を終えられるよう、祈るように気を付けてる毎日です。


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春分の日と着道楽

 今日は春分の日ですね。
 
 山暮らしを始めてから季節を肌で感じ、意識するようになったのは収穫だったと思ってます。
 雪がまだ2m近く積もってても、ある朝突然緊張した空気がゆるんで「春が訪ねてきた」のを実感でき、とても嬉しい気分になれるんですねぇ。

 それから日の長さと昼夜の温度差、空気の質感なんかを日々感じながら「自分で季節を計る」ようになりました。
 今は出稼ぎの都会暮らしですが、先日目覚めて寮の窓を開けたら「春が来た」のがわかりましたよ。
 そしてまだちょっと寒いけど「喜びの表現」ということで上着を羽織らずに会社に行ったわけです。


 で、気がついたのは通勤途中に街を歩く人々を観てると、この時期は惰性で冬服のままの人もいれば、早速薄着になって闊歩してる人やらが混在しています。
 今回初めて気がつきましたが、空気を観ながら臨機応変に装いを換える「季節に敏感な人」は都会にもたくさんいたんですねぇ…。


 余談ですが今回は不思議と「得意の物欲」がほとんど起きず、趣味の買い物もごくわずかです(しかも1万円以下のモノを数点だけ)。
 その反面衣類は、着るものに興味がない私としては異常なほど買い込みましたね(一般の方には全然たいした量でないでしょうが)。
 ま、投げ売りの古着ばかりでセンスもないのですが、最近は気分や気候に合わせて自分なりに「着せ替え」したりして楽しんでますよ。

 今まで意識したこともなかったけど、その日の寒暖の差や外出する時間帯等を考慮しながら着るものを選ぶのって結構難しいものなんですねぇ。
 ファッションなんて馬鹿にしてた面がありましたが、やっぱその道の奥は深い気がします。これも自分の感性を表現する一手段なんでしょう。


 そして他人に見せるためじゃないけど、自分が楽しむための「着道楽」ってのも面白いよなぁ、と近ごろは考えてます (^-^;


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失業保険という福祉政策

 出稼ぎ先である今の会社は、私のように今月いっぱいで退職する人が結構います。

 私の場合はあくまで「出稼ぎ」ですから、このような後腐れのない雇用形態は大歓迎です。
 しかし大半の方の本心は契約期間に定めのない、いわゆる正社員という長期安定雇用を望んでるわけですよ。

 4月からの就職が決定してる人は気楽なんですが20代の若者ならともかく、さすがに40代後半の家庭持ちだと非常に難しい話みたいで…。
 そんな時にある程度の収入を一定期間補償してくれる「失業保険(給付)」はありがたいそうです。「給付が切れるまでに、何とか次の勤め先を探さなきゃ」…と言う、世の"お父さん"達は大変ですねぇ。


 ところで失業保険の制度が去年から改定されたそうです。
 今までは1年間に半年(6ヶ月)以上働いてれば(雇用保険を掛けていれば)受給資格があったのですが、今度は2年間に12ヶ月以上働かないとダメみたいですよ。

 失業者が増大したので国の負担が重くなり、給付基準を厳しくしたみたいです。単純計算でも給付額が半分に減るわけですから、画期的な予算の節約になりますよね。
 「失業保険目当てに働く"馬鹿者"がいるから当然のことだ」という意見もありますが、それは一年中仕事がある「都会人の論理」じゃないかと思う部分もあります。


 雪国や寒冷地では、職人や作業員等の現場は冬の仕事がほとんど無かったりします。
 私がお世話になったK工務店でも社長が冬を乗り切るほどの仕事を取って来れたら良いのですが、ない年もありました。
 そんな時は職人衆を一旦「解雇」扱いにして失業給付を受けさせてたのです(もちろん春になったら再雇用という約束で)。

 田舎の零細企業には仕事もないのに従業員を養うほどの体力がないから、国が仕事のない時期の人を肩代わりして面倒みる制度、と言って良いかと思います。
 職の少ない田舎で、年配の職人を冬だけ使ってくれる都合の良い仕事を希望する方が無茶な話ですしね。
 そんな時期に収入は6割くらい?に減るけれど、家族を置いて出稼ぎに行かず何とか冬を越せる「失業保険」は働く人や雇用主にも「優しい制度」だったと思います。

 確かに「昔ながらの職人さん達」の大半は後継者もなく高齢化してて、今じゃ年金受給者も多い現実です。だからこのような制度は役目を終えつつあるのかもしれませんけどねぇ…。


 ちなみに私は去年の出稼ぎ分を含めても合計9ヶ月にしかならず、失業保険の対象外みたいです(出稼ぎには大体3〜5ヶ月しか行きませんし)。

 ま、山に戻ったらまた「人様の仕事」をボチボチと請け負い、食いつなぐってもんですよっ (^-^)


テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

明日は休みなんだけど…

 最近は一週間がとても早く感じます。

 月曜になって「また始まったなぁ」と思いますが、すぐに中日の水曜になります。そうなるともう二日しかないので終わったような気分になり、実際すぐに終わってしまうんですよねぇ…。

 そんな調子で過ごしていたら、出稼ぎ生活も残り半月ほどになってしまいました。


 ここはそれなりに歴史や文化伝統のある地方都市なので、名所旧跡や様々な施設もあるわけです。
 せっかく縁あって来た土地だし、いろいろ回ってみたい気もしてますが、相変わらず土日の休みは寝てばかりですよ。

 「今ここでしか、できないことがたくさんあるのになぁ。。」と思いつつも、頭の中はすでに山に帰ってたりするから困ったもんですね。


 というわけで明日は久しぶりに(そういや最近運転してなかった)車に乗ってお出かけしてみようと考えてます。
 行き先は? …うーん、起きてから考えることにします。

 例によって昼過ぎに起き、考えてるうちに日が暮れないことを希望してますが …(^-^;


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2人のログビルダー

 仕事上(今の出稼ぎでなく地元の仕事です)の取引先に2つのログハウス業者(ログだけじゃありませんが)があります。

 片方のAさんは"その筋"では結構名の知れた方です。技術はもちろんセンスも相当なもので「坪100万でもいいから建ててほしい」というお客さんも来るそうですよ。
 確かに一目で「Aさんの」とわかる個性的かつアイデア豊富なログでして、私も現場に行くのが楽しみでした。

 一方のBさんのログハウスですが、なんと「坪35万」という一般住宅並みの価格でフルログを建ててくれる(当時の話ですが)、予算のない施主さんには神様みたいな存在です。
 Aさんほど強烈な個性はありませんが、機能や見てくれを損なわずにコストダウンする技術やアイデアに目を見張るものがあります。


 Aさんのログは確かに素晴らしいけど、私の技術や予算ではとてもマネのできないものばかりでした(私にとっては観賞用って感じです)。なので私が大いに参考にしたのはBさんのログでしたね。

 「オイオイ、素人じゃあるまいしそんなことしていいの?…確かに何も問題ないけどさぁ〜」と思う仕事も結構あるのだけど、アイデアを即実行に移す行動力と、何よりその「度胸」に感心してしまいます。
 それと私が考えてやってみたことに自信がないとき、Bさんの現場で似たような発想の仕事を見つけ「ま、プロもやってるんだから大丈夫だろう」と安心したこともありましたねぇ (^-^;

 コストダウンは材料費ばかりじゃありません。
 プロなら人件費(手間賃)の割合が馬鹿になりませんし、私の場合なら時間の節約になるわけです。
 予算(材料、人件費に工期)をどれだけ節約して造れるかも立派な技術だと思いました。


 大工や他の職人さんだって「見えない部分」には見てくれの良くない(強度に問題ないが安い)材料を使いますし、仕事もそれなりに簡略してます。
 別に「悪質な手抜き」でもなんでもなく、商売として「合理性」を追求してるだけで普通のことなんですよ(他の業種でも同じでしょ?)。…それで施主さんから文句も出ないし、実際何も問題ありませんからね。
 

 私のような素人ごときがプロの技術に近づこうとして、凝れば凝るほど「家が建たなくなる」現実を知ってからは「素人なりに無理のない」家造りを考えるようになりました。
 それ以降プロの現場から学ぶことは「素晴らしい技術」ではなく、「合理的な手抜き」に着目するようになりました。


 もちろん最低限のことは「手抜き」せずに行う必用があります。
 我が家は強度計算もなしに建てた「でたらめログハウス」だけど、一応「4mの積雪」に「台風直撃」と「震度5の地震」を経験して問題ありませんでしたから、どこかの「偽装マンション」よりはマシなんじゃないかと思ってはいます…。


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渡り鳥の遺伝子

 鳥の写真撮影がライフワークの友人は、渡り鳥の動向を観て季節の移り変わりを感じてるそうです。
 先日「○○(鳥の名前ですが忘れた)が北に帰ったから、いよいよ春だねぇ〜」というメールが来てました (^-^)


 そういや不思議ですよね。渡り鳥たちは何を基準に季節を感じ取り、行動を律してるんでしょうか?
 …たぶん鳥たちは人間みたいな「義務感や倫理観と強迫観念」それに「科学的な論理思考」は持ってないでしょう。生きてく上で役に立たないというか、不要でしょうからね。
 きっと自然界の何らかのシグナルをキャッチして素直に行動してるだけなんだと思います。

 鳥に限らず生き物の繁殖行動にしてもそんな感じがします。
異性に興味があるからナンパ行為をして"つがい"になり→喜びの表現として最高に気持のよい「交尾」をして→生まれた子が可愛く、その成長が楽しくてしょうがないから「子育て」をして→一人前になって可愛くも面白くもなくなったから追い出して(巣立ち)
 という「身勝手好き勝手」をしてるだけで、ちゃんと自然の摂理にかなってる生き方が羨ましくて仕方ありません。
 
 こんなんで人類より永い時代を(教科書によれば)「子孫繁栄」してきたのですから、人間が創った宗教哲学より動物の生き方の方を私は信仰してしまいたくなりますよ。
 

 …で、考えてみたら私にも鳥と似たような行動パターンがありました。

 3月に入って温暖な日が続くと気が散って、安定した労働に意欲が減退してくのを実感する毎日です。(ま、そのうち契約が満了して山に戻れるからいいのですが…)

 で、山に戻ってしばらくはいいのですが、梅雨が明けて暑い日が続くと山に居ることもイヤになって(気が滅入ってきて)旅に出てしまいます。

 そのうち秋の気配が見えてくると、旅生活にも「気が済んで」再び山での活動再開です。

 そして気候も財布も寒くなってくる頃には「ぼちぼち出稼ぎに行かなきゃなぁ…」と、しぶしぶ納得しながらも山を降りるわけです。 
 
 ここ数年はそんなことの繰り返しですねぇ。
 義務感とかイヤイヤながらって気持ちはあまりありません。考えなくても自然と行動に走ってしまいます。
 …私自身も「山の生き物たち」の一種でありたいです。
 

 で、今はとにかく「早く出稼ぎを終えて山に帰りたい」気持ちばかりでして …(^-^;
 たぶん私の中に「渡り鳥の遺伝子」が混ざってるんだろうなぁ、と考えることにしています。

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昔話22 ポスト&ビーム工法になるまで

 さて、「最低なひとり親方」になって初めて自分の頭で「ログ建設」を考えてみました。

 当初は丸太の壁を積み上げた「一般的な?ログハウス」のつもりでしたが、丸太を2段組んでから辺りを見渡し考えてみました。
 我が家の敷地は登記上700坪ほどの面積がありまして、その大半がカラマツ(一部はスギ)林です。それを全部切り倒したとしても「材料が足りるのだろうか?」という疑念がわいてきました。
 ログの材料としては丸太が長くてまっすぐでないと都合悪いのですが、倒した木はどこかで曲がってるモノが多く、使える歩留まりが良くないんですよ。

 すでに敷地の3分の1ほどの木を切り倒してましたが、さらに残り全部も倒すとなると相当な重労働(手間と時間)です。それでも全部の材料がまかなえるか不明な状態ですしね。

 というわけで曲がった材でも短く切ることで有効利用できる「ピーセンピース工法」に変更しました。これなら敷地の木を全部倒さなくても何とかなりそうです。
 で、やってみたわけですが、これがまた凄い手間でした。



 たかが2mちょっとの丸太ですが、柱の高さから間に落とし込む作業は1人の人力では(現実的に)無理があります。
 ユニックが使えたから何とかなりましたが、そのユニックがすでに旋回不可能なボロボロになってまして、今後の作業は当てにならない状況でした。それに時間がかかりすぎましたし。
 なので正面をこしらえた時点で「ピーセンピース」をあきらめ、後は自由度が高く手作業で無理なく壁の造れる「ポスト&ビーム工法」に変更となりました。



 「妥協の産物」と一蹴されたら返す言葉もありませんが、理想にこだわり続けて何の結果も出せないより「はるかにマシ」だと私は考えます。
 実際1人でできることには限りがある、というか本当に「たかが知れてる」んですよね。
 夢や理想を語ってるだけなら、何でもできそうな気がするもんです。しかし実際に作業してみれば自分の能力がどの程度のモノか、そして自分が「全然大した人間じゃないこと」を思い知らされました (^_^;
 

 私は「呑気な山暮らし」をしたいのが大本の最大テーマでして、ログハウスなんてのは枝葉末節に過ぎないわけです。「何でこんなことに時間や労力を使わなきゃならないんだ?」と自問しても決まった答えがすぐに出てきてしまいました。
 それは基礎工事が終わって家の大きさは決まっているし、これだけの木を倒して「殺生と自然破壊」をした以上、ログを途中で投げ出すわけにはいきません、という簡単な答えでした…。

 とにかくこいつを建てて住まないことには「何も始まらない」と思ってましたから、「どうやったら少しでも早く建てられるか」ばかりを考えてましたね。
 それでも引っ越し(未完成だけど何とか住める状態)するまで7年もかかったのですから、私の実力なんてその程度のもんでした (^o^)
 

 でも「最低限、何を残してそれ以外を切り捨てるか?」
それを学ぶのにとても良いトレーニングだったと思ってますし、今の生活にもその考え方が生きてます。
 

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昔話21 史上最低の親方?

 さて、以前書いた事情から、ログ建設はYさんの指導や人的支援が受けられなくなりました。

 それまでは作業の進め方や技術指導、必用な資材調達等をすべてYさんに頼りきりでした。私自身は言われたことをこなせるよう頑張ればいいだけだから、体力はないけど気持ちとしては楽なもんでした。
 それまでは自分で考える必要がなく、Yさんが私の「親方」だったわけです。
 

 何だかちょうど今の出稼ぎ仕事みたいな状態でしたね。
 私は会社の中のほんの一部を担当してるだけでして、仕事の内容も誰かが創りだしたのを与えてもらうだけです。そして責任の範囲も自分とその周辺だけに限定されてます。
 外の部署は気にする必用もありませんし、社員食堂がありますから食事すら心配ありませんよ。

 企業は社長のもとで営業や経理に資材や商品管理、製造現場等々多くの部署に分かれ分業しながら全体として成り立ってるわけですね。
 経営者がしっかりしてるなら、それぞれが与えられた職務をまっとうすることで自然と会社が存続するシステムです。

 立場や職種にもよるでしょうが、仕事の質だって要求された基準を満たせば良いんですね。これで一生面倒みてもらえるんなら楽かなぁ…と不謹慎なことを考えてしまいます。

 余談ですが「社会や企業の歯車」って言葉が好きだったりします。
 私は普段好き勝手なことをしてるせいか、巨大組織の歯車になって「大きな仕事」に貢献できることが嬉しいんですよ。もちろん「期間限定」ってのが条件ですけどね。


 …話は戻りますが、当時の私は「駆け出しの日雇い人夫」が突然「親方経営者になってしまった」気分でしたね。
 それからは設計施工に資材調達、それに資金面から作業の管理や進め方まですべてを自分でやることになりました。…何も知らない未経験者なのにです。
 しかも生活費もろくに出ない貧乏人ですから人にも頼めず、独りでやる以外ないんですよねぇ。


 というわけで「技術無し」「経験無し」「資金無し」という、三拍子揃った「最低の親方」がここに誕生してしまったわけです (^_^;
 
 

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先の見えた生活

 そういや暦は3月になってますよ。

 出稼ぎ仕事の契約は今月いっぱいですから、来月には再び山に戻れるんですねぇ。
 今の生活も先が見えてきたので、最近は仕事中に不謹慎ですが「山に帰ったらすること」ばかりを考えイメージしてます。

 林道や我が家周辺の残雪はどれくらいだろう?
 まずは身の回りの除雪をして
 立ち枯れしてるカラマツを倒して
 トイレを汲み取って家庭菜園に撒いて
 電線や水道施設が雪にやられてたらどうするか?
 内外装の仕事は何から始めようか?

 等々、考えてるだけで楽しくなってきます (^-^)


 人様の仕事では「ある程度のお金」と「少々の信用」を得ることができますし、それは生きる上でとても大切なことだと思います。
 一方、山暮らしの仕事は収入には結びつきませんが、やった分だけ生活向上に直結するし、個人的な満足感も桁違いです。その代わり人様に褒めていただくことはありませんけどね…。
 

 世の中には「安定絶対主義」みたいな方が多数いるようで、私のような生活を「不安定=良くない」と頭から否定する向きが多いようです。
 しかし私は「世の中に安定したものなどあるもんかっ!」と決めつけてる変人です。
 それに1年中、というか一生同じ事を続けるのは好まないから「呑気に山暮らししてる時期」や「真面目に働く都市生活の時期」に「身軽な旅に出かけてる時期」なんかが混在してた方が「メリハリ」があって退屈しませんし、とても満足しています。

 私は「他人のことが気にならない、自分をよく見せたいとも思わない」身勝手な人だし、ついでに「職業」「結婚」「蓄財」という世の中の関心事にも興味ないから困ったもんです(私しゃ別に困ってないけど親が困ってるようでして… ^-^; )
 

 ま、こんな調子ですから、いつか野垂れ死にするときも「さんざん好き勝手したんだから、仕方ないよなぁ…」と(後悔することはあっても)「納得」はできるんじゃないかと思ってます (^o^)


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昔話20 一番イヤな丸太の皮むき

 ログハウスで一番イヤな作業は「丸太の皮むき」でしょうね。
 私に限らず経験者の大半は同じ意見だと思いますが…。


 皮むきには「ドローナイフ」という道具が有名です。
 いろんな形のものが市販されてますが、基本的には「むき出しのカンナ刃に両手で持つ柄が付いたもの」と言えばいいんでしょうか? カンナの一種?なので手前に引いて使います。
 ま、鉈に柄が2つ付いたような形で、私のはYさんが鉈にもう一つの柄を溶接してつくってくれたモノです(出稼ぎ中で写真をお見せできないのが残念です)。
 
 ちなみに皮むきは体力や根気が相当にいる仕事です。
 私の持ってる本には「1日5,6本はむけるし、慣れた人なら10本も可能」とか書かれてましたが、とんでもありません。体力や経験のない素人にはとても無理ですよ〜。
 切り倒したままで10m以上の長さがありますけど、私は1日2本が限界でしたね。というか半日1本むいたら体力もそうですが、うんざりして精神的に参ってしまいました。
 そこで他の道具もいろいろ試してみましたが、やはりドローナイフに勝る手道具は見つかりません。

 が、試行錯誤の末、表面の樹皮は山菜用のスコップ(ステンレス製の移植ゴテみたいなもので、ホームセンターに売ってます)を差し込んでヘラのように剥がしてゆく方法に落ち着きました。これだとドローナイフの数倍速く仕事が片づきます。
 ま、我が家は夏場に水を吸い上げてる「活動時期」に切り倒した樹木が大半なので使える方法です。

 耐久性等の理由から樹木が冬眠してる時期に伐採するのが原則ですが、冬場は出稼ぎに行ってて不在ですし、居たとしても豪雪でまともに作業できません。
 ここでは紅葉の頃から雪が積もるまでの限られた時期しか伐採できないんですね。確かにその時期に切ったのは腐りにくいみたいですが、山菜スコップが差し込めないので皮むきが大変でした。

 そして表面の樹皮をむいただけではダメです。
 そのまま加工して組み上げた丸太が一晩ででカビが生え真っ黒になった経験があります。
 なのでさらにもう一皮むく必用があるんですね。でももうドローナイフを使う気力はないので「曲面カンナ」という電動工具を使いました。それでも疲れるしイヤになる作業ですが、手道具よりはるかにマシでしたよ。



 余談ですが曲面カンナを使うと丸太の表面に独特な跡が付くからすぐにわかります。
 以前仕事で訪ねたログハウスに「カンナ模様」が付いてないから「もしかして"手むき"ですか?」と主人に尋ねたところ、とても喜んでいただきました。
 なんでも「手間をかけた"手むき"が自慢のログハウスなのに、気付いてくれる人がほとんどいない」んだそうです (^-^;

 ところでカラマツは樹皮の下に大量の細かいトゲがありまして、加工してると飛び散って身体(特に手)に刺さりまくります。
 革手袋に腕カバーで作業してましたが、それでも刺さってくるので夜は「カラマツのとげ抜き」が日課でしたねぇ。
 でもそのうち手の皮が厚くなったのか、単に無神経になったのか知りませんが、軍手で作業しても苦にならなくなりました。

 
 というわけで思い出せば「よい経験だったけど、よくあんなことをやったもんだ」と考えますし、もう二度としたくないですねぇ。
 ま、皮むきに限らずログの作業自体「もう結構ですっ!」と人にも語ってるのですが、「次回はもっと上手くできるはず!」とか「今度はあーしてこーして…」などと密かに再挑戦のチャンスを伺ってる、懲りない自分がいたりもしてます …f(^_^;

 

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昔話19 丸太の移動と加工

 私のログハウスは変則ポストビーム工法ですが、予算がないので購入した丸太が一本もありません。

 しかし敷地は植林して放置されたカラマツやスギの林でしたので、それを切り倒しては枝を落とし皮をむいて材料に利用したわけです。


 ところで倒した樹木ですが、まずは枝を切り落としてゆきます。
 カラマツは重たい木で根本部分の太い枝は10cm以上の太さがあり、片づけるのも大変です。
 また、地面に接した枝は切り落とすことで木が転がるおそれがあります。よく見て注意しながら作業しないと丸太の下敷きになってしまいます。

 そして枝を切り落とした丸太ですが、残念ながら人力ではビクとも動きませんでした。
 試しにワイヤーをかけてオートバイや軽トラックで引っ張っても、タイヤが空転するばかりで全く動きませんでしたね(道具を使って転がすくらいは何とかできましたが)。

 そこで活躍したのがYさんからお借りした「ユニック(トラッククレーン)」でした。これがなければ丸太を構うことができませんでしたね。確かに「チェーンブロック」や「チルホール」といった道具を活用して手作業で動かすことは可能ですし、経験もあります。
 しかし個人レベルでログハウスに挑戦するなら、手道具では「事実上無理」だと申し上げておきます。
 本に方法が載ってたりするし理論上は可能かもしれませんが、現実の「体力気力」と何より「時間」が途中で力尽きてしまうはずですよ。
 

 ところで2〜3mにカットした短い丸太ならパワーショベル(一般にユンボと呼ばれる重機)で簡単に移動できますし、人力でも何とかなります。
 しかし我が家の柱を立てるときの話ですが、材料の丸太を床(土台)に上げるのに、私ひとりの人力で1時間以上かかったものです。
 …でもユンボが我が家に来た日から数分で終了する作業になりました!

 私はそれらの作業機械を、対価も払わずに長期間貸していただけたからひとりでも何とかなったのですが、そんな運の良い人はあまりいないと思います。


 丸太は少し動かすだけでも大変にやっかいなシロモノです。
 これが製材された角材なら簡単に立ち上げたり、肩に担いで気軽に移動ができますからね。

 柱一本の加工で切断するにしても、角材なら曲尺(サシガネ)と丸ノコで一発です。
 ところが丸太だと枝を落として皮をむくところから始まります。それを転がしてなりを見ながら(結構な手間です)「墨打ち」し、チェーンソーでタイコカットした後に荒仕上げ、それからカンナで平面を仕上げてやっと角材と同じように切断できるようになるんですよねぇ(それでもサシガネがまともに使えないから角材より面倒です)。
 たかが柱一本ですが、丸太だと市販の材木の数十倍の労力がかかると考えて間違いないと思います…。


 ま、これほどの手間と知ってたら、絶対に挑戦することはなかったでしょうね。
 しかし無知の連続だったおかげで、何とか続けられて結果も出せたんだと今は思っています。




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