でたらめ山暮らし/ブログ版

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実家に帰省中

 年末年始の連休に入りましたので、現在は実家にて過ごしてます。

 夏の暑さが苦手だから盆に帰省することはありませんけど、正月だけは実家で過ごすことにしています。
 ここに居ると衣食住の心配がないからとても気楽に過ごせます。都市生活は便利だし、何より親のありがたさを実感しますねぇ…。

 我が家とはいえ、山に居ると常に生活に関わることを意識イメージしてないといけせんし、会社の寮でも気をつかう部分が多いわけです。

 幸い親との仲は良い方なので気兼ねせずに帰れますし、私の部屋も相変わらず残ってたりします。
 そして2度寝することもなく、連続12時間寝てられるのは実家だけだったりしますよ (^-^;

 ほとんど予定もないから、この連休はのんびりと「寝正月」を決め込むつもりです。

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テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

クリスマスイブに与太話

 世間様はクリスマスみたいです。

 仕事帰りに歓楽街を歩きましたが(そこを通らないと寮に帰れないんですよ)、平時より明らかに多いカップル達が闊歩してましたねぇ (^-^)


 私はクリスチャンじゃないからクリスマスとか、別にどーでもよかったりします。
 宗教や政治などの思想団体には一切関係がありませんし、これからも関わりを持つ気はありません。
 ありがたい説法や本を読む時間に、山で薪を割ったり家庭菜園に鍬を入れた方が生きがいを実感できますからね。

 ま、仏教のお釈迦様みたいに一文無しでも「本業」の道を歩み、イスラム教徒のように「今はともかく、死んだら天国に行ける」と信じることにして、儒教のように身分や礼節をわきまえ相応の生き方をして、キリスト教徒みたいに時々ケーキやチョコレートが食べれたら幸せですね (^o^)


 独りでいるのが一番好きだから、徒党を組んで四六時中人とつるんでるのが苦手です。
 かといって「一匹狼」という程に強くて個性的でもありませんし、例えれば「※羊の皮をかぶった山羊」、といった程度の人間です。
 
 
 ところで仕事帰りに寄った店で、売れ残ったフライドチキンが半額になってたので買ってしまいした。
 私の好物ですが、こんな時でもないとなかなか手軽に食べられませんし…。

 都会のイルミネーションは素直に奇麗だと思いますし、またこの時期は格別です。それに着飾った女の子達は特別に魅力的ですね。
 どんな理由や形であれ「祭りの日」ってのは、それだけで楽しさが倍増するみたいです。


 …うん、やっぱクリスマスっていいもんですよねぇ (^-^;
 

 
 ※見かけによらないけど、大したことはないって意味です。
 

テーマ:自分らしさ - ジャンル:ライフ

冬至と睡眠の自由

 前回の出稼ぎ先は土曜出勤が当たり前でしたから、今の土日休みはありがたいです。

 さて昨日は「冬至」だったようですね。
 山暮らしの私にとっては、盆や正月みたいに人間が作った習慣より「春分、夏至、秋分、冬至」といった、自然に関わることの方が重要に思えてます。
 山に居ると「昼夜の長さ=作業や生活」に関係することだから結構意識してまして、節目として何か普段と違ったことがしたいなぁ、とは考えてます。

 しかし昨日が冬至だったと気が付いたのが先ほどでして、すでに終わってました…。
 現在は仕事中心の生活ですから、日常に季節とか気候なんてあまり関係ないんですよ。逆に山でほとんど気にしたことがない「曜日」を意識するようになりますね。

 動物は一般に季節というか、植物のサイクルに合わせて生きているように想います。もちろん四季のある日本での話ですが。
 人間だってかつてはそうでしたが、現在は季節に関係のない生き方をしてる人が大半となってしまったようです。だから形式的には昔の習慣が多少残ってっても、心から季節を愛でる必用も心情もないですよねぇ。
 キュウリやトマトが夏の野菜だと知ってる子供(大人もですが)はどれくらいいるのでしょうか。


 さて、冬至の昨日は何をしてたかと言えば、ひたすら寝てました。
 昼まで寝てて、午後にまた寝て夕方も一眠りしてと、なんだかネコみたいな1日でしたよ (^-^;
 山に居るときは毎日働きに出てるわけじゃないし、普段は気の済むまで寝てられるんですね。…それでも大抵はちゃんと朝に起きますけど。


 「言論の自由」とか世の中にはたくさんの「自由」がありますが、今の私には「睡眠の自由」が一番重要な気がしてます。
 そういや飼われてる犬猫や鳥なんか見てますと、暇さえあれば寝てますよねぇ…(^o^)


テーマ:季節を感じる - ジャンル:ライフ

昔話16 ログハウスを建てたきっかけ 2

 で、昨日の話の続きですが…。


 ログの話が決まった年はYさんも農閑期には月に数日、副業の職人仕事に出る程度で十分な時間があったのです。
 しかし実際次の年にスターとした時には副業が忙しくなってきたし、何より今の奥さんと「お付き合い」を始めた事情もあって「私の現場」に来る暇がなくなってしまいました。
 もちろん全く何も知らない私ですから、遣り方や基礎工事については時間を割いて来てもらいます。そしてある程度手本を見せてもらい、後はそれを私が1人で進めてゆくわけですね。

 1年目は基礎工事、2年目は土台の加工作業でしたが、結局Yさんに指導してもらったのはそこまででした。副業はさらに忙しくなり彼女との結婚も決まったから、もう私の道楽相手をしてる場合でなくなってしまったのです。


 それからログを組み上げる作業以降は全くの独り、自分で考えてやるしかありませんでした。
 人に頼む予算もない貧乏人ですから、電気と電話の引き込み(こればかりは資格がないとできないんで)以外は設備関係も含めてすべて自力の自己流でやる羽目になりました。
 

 結局、基礎工事から引っ越すまで7年かかったでしょうか。
 なので人から「素人でも簡単そうだからログハウスを手造りしたい」などという話を聞けば「悪いこと言わないからやめた方がいいっ」と即答してしまうのが、私の経験から言えることです …(^_^;
 ログはプロの大工でも、まともに建てられなかった例を私は見たことありますし、素人で何とかなるのはログではなくてツーバイフォーですよ(それだって「簡単」なわけありませんが)。


 ここまでいろんな事がありましたが、でもやっぱYさんには感謝してますよ (^-^)
 Yさんに提案、肩を押してもらわなければ、ログに挑戦することはありませんでしたからね。
 それに機械や道具を約束通り貸与(提供)して頂いたおかげで、初めから道具を揃える予算が不要でしたし(少しずつ自分の道具を買い揃えて入れ替え、最終的には返却しました)、やはり運の良いきっかけでしたねぇ。


 今想うに、私はワガママな人間だから、人との共同作業は無理だったと思います。あのままの関係が続いてたら、どこかで決別してしまったかもしれません。
 Yさんがお膳立てをしてくれたけど諸事情で離れたのが、結果的にその後のお付き合いを問題なく続けられる要因だったと思ってます。
 そして私自身も自力で何とかできそうなレベルになりかけた時期に、独立して勝手気ままに「家造り」を進めることができたわけです。


 あと私は人見知りの話し下手なので人前では無口でいることが多いです。ついでに無愛想ですし…。
 そして気弱というか、人から強く言われると反論できずに一応はうなずいてしまう面も多くあります。
 人一倍「我が強い」人間なのは自覚してるんですが、それを表現することができないんですよ。議論や争いごとが嫌いってのもあるでしょうけどね。

 だけど人様から面と向かって(もちろん陰でも)「お前なんかにできるわけがない」「こりゃ、ものにならんな~」とか言われてるうちに、自分の中に眠ってた気質に火がついて動き出したのかも知れません。
 「"怒り"や"恨み"のようなマイナスの感情は、プラス思考の何倍ものパワーを発揮する」と、どこかで聞きましたが全くその通りですね。
 私自身「人様の予想を裏切るには、どうすればよいのか?」と真剣に考えるパワーの源になりましたよ (^-^;
 そして結果が出たら、それらのマイナス感情はきれいさっぱりと消えてしまいました。
 山暮らしに限らず、世間一般によくある話ですよね。


 …だから世の中好意的に解釈すれば、あまり悪い事ってないような気がしますよ。
 家造りではえらい目に遭いましたけど、家を建てたという結果事実以上に、それを通じてとても良い経験や勉強をさせてもらいました。

 ま、一応は結果が出たからこそ、今は呑気なことが言えるのでしょうけどね。

 

テーマ:ハンドメイド - ジャンル:ライフ

昔話15 ログハウスを建てたきっかけ 1



 Yさんと知り合った年のことですが、ふたりで飲みながら語るうちに「一緒にログハウスを建ててみないか」と提案されました。


 ログに興味はありましたが、さすがに自分で建てられると思うほど「身の程知らず」や「自信過剰」ではありません。
 仮小屋を建てる前の話ですから建築の知識や技術は全くなかったし、生活費+α程度のお金しか持ってませんから材料や高価な道具類が買えるわけないんです。

 今だから公言できる話ですが、もともと私はこの土地に定住する気はありませんでした。
 試験的に自力で開墾をして、12畳程度の小屋を「別荘」として建てて終わりにする予定だったんですよね。
 そもそも電気や水のない土地に永住する気なんかありませんでしたし、ここで得たノウハウを持って北海道に広大な土地を購入し、移住する構想でした(もちろんYさんにも話してました)。


 消極的な私に「建て方は教えてあげるし機械や道具類も貸してあげるから。それに農閑期なら自分も週に3、4日は来られるから大丈夫だよ」との話です。
 しかし私も「そこまでしてもらっても貧乏だから何のお礼もできないし…」と渋ったら、「自分も将来ログを建てるつもりだから、その参考になれば良いだけのこと。お礼や日当とか全く考えなくていいからね」とのこと。
 …そこまで言って頂けるのなら後学のためにもなるし、というわけで私もやってみる決心をしたわけです。

 予算がないから材料の丸太は私の敷地に生えてるカラマツやスギを倒して利用すること。コンパネや屋根材等の材料は私が出稼ぎやアルバイトをして、その都度購入する事としました。…それなら貧乏な私でもなんとかなりそうです。
 その代わりと言ってはなんですが、私の方も農繁期にはYさんの手伝いをすることにしました。

 考えてみたらメチャクチャ私に有利な条件で、天から降ってきたような幸運ですよね。
 しかし世の中の現実は、そんなに甘くはありませんでした。
 
 この後に体験することを、もし最初から知っていたら絶対に挑戦しなかったでしょうねぇ …(^_^;

テーマ:家作り日記 - ジャンル:ライフ

音の真空地帯

 昨日、大雪話を書いてて思い出したことがあります。


 雪には吸音遮音効果があるみたいで、家が雪に包まれるとそこは音のない世界になってしまいます。
 どれくらい静かになるかといえば、普段は全く聞こえない壁時計の秒針が「もの凄くやかましく」部屋に響くので電池を抜いてしまう程です。
 野外の音はほとんど吸収され、わずかな例外を除いて全く聞こえませんね。
 基本的に自分が発する音以外が消えてしまう状態でして、「※無響室」とはまた違った特殊な空間じゃないかと思います。

 たぶんこの状況を体験したら、精神がおかしくなる人が多いかもです。ま、私は「無神経な人間」だから大丈夫ですし、それを楽しめますけどね (^_^;


 ちなみにわずかな例外の一つは「樹木で起こる雪崩」です。これは雪の積もった木々で起きますが面白いですよ。
 最初は上の方の枝でパサッと雪が落ちますが、下に落ちるにつれどんどん雪の量が増殖して音も大きくなってきます。最後は大量に落下する雪がバキバキと枝を折りながら地面に到達して大音響をあげます。
 …時間にすればほんの数秒の出来事ですが、特に寝床に入ってるときなんか目を閉じてるし、視覚聴覚がゼロに近い状態なんですね。
 そこに集中力は全開になりますから、たかが木の枝から雪が落ちただけなのに「壮大なドラマ」を鑑賞してる感覚です。最後に地響き(実際は大したことないんでしょうが)と共に幕切れとなります。

 私はこんな時でもないと鋭い感覚になれませんが、もしかしたら山の生き物達(特に鳥類や哺乳類)って普段からこのような感受性を持って生きてるんじゃないかと思う節がありますねぇ。連中の反応を見てると…。


 そういや仮小屋で越冬した、大雪の日のことです。
 夜になって寝床に付いたら、ある音が気になって寝付けないんですよ。それは「シュー」という湿っぽい音でして、とにかくうるさいし耳障りで仕方ありません。
 何の音かしばらく考え込んでわかりました。…灯油ランプです。
 当時は灯油ランプを灯して寝るのが習慣でした。電気がないから夜中に目が覚めた時、真っ暗だと困るんですよねぇ。

 ランプ(ランタン)といってもキャンプ場で使う、あのうるさくてクソ明るい奴じゃなく(それは起きてる時の生活に使ってましたが)ローソクのように芯に火を灯す、暗いけど音の出ないタイプですね。
 …でもうるさくて寝られないから、真っ暗を承知で吹き消しました。

 灯油ランプが燃料を吸い上げる音が聞こえて、それを「うるさいっ!」と思った人はたぶん、世の中にあまりいないと思います …(^-^;
 



※無響室---音響機器の測定などに使われる、残響(反射音)がほぼ全く無い特殊な部屋。日常存在しない感覚を得られる反面、長居すると精神に異常をきたす人もいるとか。…私は体験したことがないんで、よく知りませんけどね。

 

テーマ:**暮らしを楽しむ** - ジャンル:ライフ

局地的な豪雪地帯

 さて、そろそろシーズンですから降雪のことを少し書いてみますね。

 冬に3m前後も積もる豪雪だと過去に何度も書いてますが、実は我が家周辺だけだったりします。
 地形や風向きの関係で雪がとても集まりやすい場所なんですよね。さらに開墾で敷地の木々を倒してしまったから、森にポッカリと空いた空間に流れ込んで降り積もってしまうのだと思ってますが…。

 事実3m以上積もった我が家から林道に出ると積雪は2m弱位ですし、さらに山を降りて町に出て見ると多い年でも1m前後ですかね…。
 そんなわけで我が家だけが「局地的豪雪地帯」になってるようです (^-^;

 ま、実際に越冬して積雪を目撃したのは私しかいないから「大げさな話」と受け取って信じてくれない人も多いですよ。 
 なので、こんな写真はいかがでしょう?



 真ん中少し上が「トイレ小屋」その右横が「仮小屋」手前に見えるのがユンボ(パワーショベル)です。
 仮小屋は屋根のてっぺんまで約3mあります。2m以上積もってる証拠写真ですが、これはまだ1発目の大雪の後でして、まだ写真なんかを撮ってる余裕がありました。
 さらに第2弾、3弾を受けると小屋は地上(雪上)から姿を消し、家の中から掘って地上に出る始末でしたねぇ。

 ちなみに現在の我が家は屋根の頂上は6m弱ですが、これが上の写真と同じように雪に埋もれてる写真もありますよ。今は手元に無いけど見つけ次第アップしてみる予定です。
 屋根の雪下ろしは楽ですね。ハシゴを架けなくてもそのままてっぺんに登れますから…そして雪を投げながら降りて行くだけのことです。

 で、そこまで酷い状況になると逆にパニックにならず、不思議と冷静沈着?になれます。
 上手く説明できないのですが、「どうにもならないから、あきらめる部分」と「何とかなるから生きるために、しなくちゃいけない部分」の分別が明確にできるようになるし、今思うと恐ろしいくらい感覚が鋭くなりましたねぇ。
 山で越冬したのは3回だけですが(仮小屋で2回、本宅で1回です)除雪してある場所に出るまで、2㎞近い山道を歩かないといけない生活です。

 何も考えず気楽にやってましたが、考えてみたら厳しい生活で怪我や病気をしたら終わりでしたよね。 
 でもまた資金を貯めて、越冬してみたいと本気で考えてます。


 雪から逃げて出稼ぎ生活をする冬場ですけど、今でも私の山暮らし最高の季節は「冬」だと思ってます。
 その具体例は、ボチボチと書いてみたいと考えてますが…。



テーマ:楽しく生きる - ジャンル:ライフ

水供給の歴史3 電気ポンプ編

 崖を降りてエンジンポンプを始動すれば、一応は水の安定供給はできるようになりました。
 しかし、崖を降りられない事態が発生しまして次の策を考える必用に迫られました。

 この年は山で越冬する予定でいたのですが、考えてみたら冬は積雪で崖なんか降りられないんですよね。その頃は楽に行けるよう、崖に斜めの階段をつくってみたり、地形的に無理な場所に橋を架けてみたりもしてました(雪にやられて3年程で跡形も無くなりましたが)。
 しかし我が家周辺は冬に3m前後の積雪がありますから、いつ雪崩が起こるかわかりません。
 人からは無鉄砲と言われることもありますが実際にはとても臆病な人間でして、大雪の崖を降りて命がけで水汲みをする勇気なんか持ち合わせてませんよ。

 で、結局は当初の構想通り、居ながらにして給水できる設備にすることになったわけです。
 当時は現場仕事のバイトを数件かけ持ちしてまして、時間がない代わりに予算はそれなりにありましたね。なのでこれを機に「10年持つ水道設備」を一気に完成させようと考えました。


 まずは園芸用の電気ポンプを購入しました。当時4万円近い出費は貧乏な私にとって「高額商品」でしたが迷いはなかったです。…買わなきゃ冬が越せませんからねぇ。

 余談ですがポンプって、水を押し上げる力は結構あるのですが吸い上げ能力はさっぱりです。このポンプも30mを汲み上げる能力(全揚程)がありますから、我が家の20m位の落差は大丈夫です。しかし吸い上げ能力は4mしかありません。
 真空ポンプについては確か中学校の理科で習った記憶がありますが、理論的に10m位が汲み上げる限界なんですよ(ちなみに他にも義務教育で教わったことは山暮らしで非常に役に立ちます)。
 深井戸ポンプは吸い上げるふりして実は押し上げてるから、あれだけの揚程があるわけです。
 なのでエンジンポンプもそうでしたが、どうしてもポンプの設置場所は水源近くになってしまうのですね。

 それまで配管はビニールホースでしたが、冬は凍って使えません。なので塩ビ管を買ってきて穴を掘り埋設しました。…崖に穴掘りして埋める工事は結構大変でしたねぇ。
 配管と一緒にポンプの電線(取り壊す家から外してきた中古です)も一緒に埋設しましたが、このいい加減な工事が今は問題になってたりします (^-^;

 ところで水源の水タンクは200リットル位しかないので、風呂と洗濯に飲料水を一気に汲み上げる量がありません。水源が乏しいので空タンクを再び満水するには数時間から半日かかるんですよ。
 そこで仮小屋の脇に足場を建て、上に水タンクを設置しました。その下には浴槽を2つ並べて気の向いたときに水を貯めておけるようにしました。



 風呂小屋への給水は自然落下と井戸ポンプの2本立てで、発電機を使わなくても洗濯機や風呂に給水可能としました。…ただ配管が複雑というかでたらめで作った私以外には構造がわからず使えないでしょうけどね(ま、現在も似たようなもんですが)。
 ちなみに浴槽や井戸ポンプに洗濯機は、例によって頂き物です。
 

 というわけで、やっと居ながらにして冬場も心配せずに水供給ができる環境になりました。
 崖を降りずにスイッチひとつで給水できるのは、感激であり快感でしたねぇ(当時は電気が来てないから、その前に発電機を回す必用がありましたが)。
 …もし分かち合う人がいたなら手を取り合って踊ってたことでしょう (^o^)


 現在の水供給システムも基本的には同じです。
 ある意味ログハウスを建てるよりも、トラブルが多発し頭を悩ませてきた課題でして、現在も完全解決したわけでありません。

 水については他にも書きたいことがたくさんありますが、きりがないのでまたの機会とします。
 
 

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水供給の歴史 2 エンジンポンプ編

 先日書いた水供給の続きです。


 とりあえず発想を変えて、仕方ないから崖は降りることにしました。
 で、壊れた田植機から外したエンジンをギアポンプにつないで水が上がるようにしたわけです。
 やっぱ電気モーターに比べ、エンジンの力は凄いですねぇ。今までの努力をあざ笑うかのように、簡単に汲み上げてしまいましたよ (^_^;

 しかしこのエンジンも数週間後にはクランクケースが割れてしまい、オイル漏れで使えなくなりました。元々がボロだから仕方ないけど残念でした。


 そして私自身もネタ切れになりましたよ。もう手持ちの材料で試せるものが無くなってしまいました。
 頭の中で理想を考えても切りがありません。「強力なモーター」やら「市販の汎用エンジン」なんかが浮かんでるけど無理なんです。…それを買う「カネ」がありませんからねぇ。
 
 そんな中、近所のホームセンターでエンジンポンプの安売り品が出ました。1万円を切る、当時じゃ破格の特価品です。
 現物を前にしばらく考え込んでしまいましたが、無理して購入を決意しました。 
 もう、あれこれ考えて工夫するよりも、「水の安定供給」って結果が欲しくなったんですよ…。

 で、買ってきたら予想通りの快適さでした。
 でも水タンクが空になるまで給水したら、止めるためにまた崖を降りなければいけません。空回しするとポンプが壊れてしまいますから。…わざわざ行っても作業は「キルスイッチ(エンジンを止めるためのボタン)」を押すだけなんですけどね。

 便利になれば怠け者になるし、さらに怠けて楽をするために新たな知恵を絞るのが人類なのかも知れません。でも私自身は「時間を創出するための工夫」だと考えてますが。
 とにかく1度の給水に2度崖を降りるのはイヤですから何とかしようと思いました。
 
 最初に考えたのはキルスイッチの配線を崖の上まで延長する方法です。しかし相当な距離を引き回すのが面倒な上に電線購入の費用がかかります。
 原理的には点火系をショートさせるだけで簡単ですが、導線(導体)とはいえ長い距離だと電気抵抗が発生するわけです(実際、現在の電気ポンプの配線も結構電圧降下がありますし)から正常に動作するか心配でした。
  
 そこで閃いたのですが、必要な給水に使うガソリンの量はほぼ一定です。
 だからあらかじめガソリンの必要量を計って給油し始動すれば、水の供給が終わる頃にガス欠になって自動的に止まるわけです。もちろんアクセルの位置は一定にしておきます。
 これは上手くいきましたよ~っ。手間もお金もかかりませんしね (^o^)
 ま、いわゆる「アナログ制御」ですからそんなに正確ではなく、30リットル前後の誤差はあるけどこれで十分です。

 結局この方式で数年間は給水してました。崖を降りるのは面倒でしたが、生活は格段に楽になったわけです。
 そのおかげで時間的余裕が増え、本宅建設や他諸作業が以前よりはかどるようになりました。

  

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水供給の歴史 1

 「安心、安定、安全」という人々が敬う言葉と相変わらず無縁な生活をしてるわけですが、そんな私でもそれに拘ってることがあります。
 それは「水の供給」です。


 山暮らし当初の2年(3年だったっけ?)間は、ポリタンクで水を汲みに行く生活でした。
 汲みに行く場所が裏の崖だったり、神社やYさん家の水道だったりと場所の差はあれ、風呂が半日仕事になることに変わりなかったわけです。

 仮小屋でのんびり暮らすだけなら良かったのですが、本宅の建設と材料費の購入、さらに生活費の捻出でバイトに出てるから時間がありません。…呑気に水汲みに行ってる場合じゃないんですよねぇ。
 ま、Yさん家のお風呂をちょくちょく使わせてもらったりもしてましたが、いつまでも人様に頼ってられないし、お嫁さんが来てからはさすがに風呂を借りるのはできませんでしたよ(Yさんは「いつでも入りにおいで」と言ってくれましたが、さすがに新婚家庭に入浴しに行くほど私も図々しくはありませんし)。


 というわけで湧き水の場所に水タンクとしてステンレスの浴槽(風呂小屋のとは別で頂き物です)を設置。そのままでは砂や泥が流入するので、横井戸を掘りあれやこれやの対策をして(えらい手間がかかりましたけど書くのが面倒なので省略します)さらにタンクに蛇口を付け、湧き水が貯まるのを待たずにポリタンクに給水できるようにしました。
 もちろんフタをして屋根を架け、落ち葉や雨水が入らないようにしてます。
 おかげで風呂は半日仕事から、半々日仕事くらいに短縮できましたよ。
 
 しかしこれじゃあ、まだまだ時間がもったいないです。崖を降りずに手軽に水を汲めないと億劫で面倒だし、特に雨の日は崖を降りること自体が危険です。
 で、ホームセンターで「ギアポンプ」を買ってきて、居ながらにして給水できるシステムを考えてみました。
 ポンプ自体の汲み上げ能力は十分です。ベルトをかませて駆動するのですが、問題は動力をどうするかです。

 最初は農機具に付いてた小型のモーターを付けてみました。
 平地でのテストでは問題なく汲み上げますが、いざ現場に設置してスイッチを入れても唸るばかりで全く回りませんでしたね。さすがに20mの高低差を上げるには力不足すぎました。さらに手持ちのもう少し大きいモーターに替えてみましたが結果は変わりませんでした。

 現時点で手に入るジャンクモーターでは不可能とわかったので、結果「居ながら給水」はあきらめました。強力なモーターは高価で当時は購入する予算もなかったから現実的に不可能です。


 ちなみに「なせばなるっ」とか「気合いや根性」などという言葉を私は持ってません。
 「どう考えても無理」なことに立ち向かう勇気や体力は当時からありませんし、不可能と判断したことに「やる気」など起こるわけないですよね。
 だけど多少無茶でも「可能性や勝算」を自分で見つけたら、たまには突進することもあるんで「無鉄砲」に見えるのかも知れませんが…。

 で、ダメなものはダメとあきらめても「短時間で給水する」というテーマは残ってるわけです。
 「じゃあどうするか?」と次の策を考えるのが、「私の山暮らし」の生きがいなんですね (^-^)


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「自炊したいっ」ストレス

 出稼ぎに来て早いもので1ヶ月が過ぎました。


 一番長い時間を過ごす今の部屋ですが、とにかく狭いです。
 だけどそのことは不満じゃありません。座ったままでほとんどのものに手が届きますから、かえって楽なんですよ。

 これは仮小屋からログの本宅に引っ越したときも思ったことです。仮小屋は6畳でしたが実質2畳ほどの自由空間しかないので、座ったままかせいぜい2、3歩で用が足りたわけです。
 現在の我が家は台所を含めた居間だけで18畳オーバーですから、何かにつけて歩き回る必用があるし、寝室は2階だから上り下りが面倒です。
 …なんか年寄り臭いことを書いてますが、独りなら狭い部屋の方が今でも便利だと思ってますよ。


 で、本題ですが…。

 仕事は毎日残業なので、帰りしなに近所のスーパーに寄る時間はいつも閉店間際です。
 しかも気前の良い店みたいで、生鮮品は半額シールの嵐ですよぉ~。…しかし自炊ができないんですよねぇ。もともと「自炊禁止」の所ですし。
 ま、冷蔵庫と湯沸かし器はあるんで、お茶を飲んだりカップ麺くらいは大丈夫です。裏技?でお粥と漬物くらいは何とか作れますが、さすがに玄米を炊いてサンマを焼いたりとかは、どう考えても無理ですねぇ (^-^;

 地元独特の食材も興味あるし価格も(閉店間際なら)格安だし、指をくわえて見てるのがもったいなくて仕方ありません。

 職場は今回が2度目の、会社自体は3度目ですから慣れたものでして、仕事のストレスは特にないのですが「好きなものを好きなように食えない」ってことが、ちょっとしたストレスになっています。

 
 …今まで「貧乏だから自炊をしてる」って思ってました。
 しかし見つけた食材を好き勝手に調理するってことは、それだけで立派な「憂さ晴らし」になってたことに気がつきましたよ。

 ま、今の都会生活もそれなりに面白いんですが、何事も好き勝手に処理できる「山暮らし」の方が、私にとっては便利な生き方みたいですねぇ。
 

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昔話14 ひとりで建てた風呂小屋

 ちょうど本宅の基礎工事も終わり区切りもついたので、風呂小屋を建ててみました。

 
 あちこちから集めてきた材料が小屋1軒分に貯まってきたので、まともな風呂に入りたくなったんですよ。
 小屋の材料は釘以外すべて廃材です。なので釘代以外に全くお金を使いませんでしたね。

 風呂の設備はバイトに通ってたK工務店から格安で分けてもらいました。ステンレスの浴槽に薪と灯油兼用の釜なんですが、流行遅れで今時こんなのを購入する施主さんもいないらしく、長いこと在庫になってたそうです。支払いは給料から天引きしてもらいました。

 住まいの仮小屋は骨組みから屋根工事までを、Yさんに教わりながら一緒に建てました。
 おかげ様で家の構造や仕事の進め方がある程度わかりましたので、今度は全くの自力でやってみることにしたわけです。


 
 草や雑木を刈り払って、拾ってきたブロックを基礎に置いて土台を作った頃です。
 床面積は4畳(2坪)です。6畳で建てるだけの材料はありましたが、欲張らずに最小限の大きさに止めようと考えました。
 この時はYさんから借りてた発電機や丸ノコ等の電動工具は返してしまったので、作業はすべて手道具です。なので少しでも負担を減らしたいという意図もありましたし。



 骨組みができた頃です。例によって大ざっぱに考えただけで図面もなく思いつきで進めてますから、窓や筋交いの位置も決めてませんでしたね。



 浴槽を持ち込んで、現物合わせで窓の位置を決めました。湯船に浸かりながら外が見えるようにと、窓の位置を低くしました。
 風呂場の床は土台が腐らないようにトタンを敷いて防水処理をしておきました。そういや釘以外にシリコンシーラント(コーキング材)を購入してましたね。排水には廃材塩ビ管を適当につないで使ったような記憶があります。



 屋根壁を貼ってるところです。奥の部屋は壁とドアで仕切って風呂釜を設置、着替えや衣類の保管場所としました。
 
 屋根のトタンも廃材利用ですが、これは失敗でした。穴をふさいで雨漏りしないようにしたつもりなんですが、どうしても雨漏りしてくる箇所が出てきてしまいましたよ。
 下見(外壁材)としてなら問題ありませんが、やはり雨が直接当たる屋根はケチらずに新品の材料を使うべきですねぇ …f(^-^;
 屋根も外壁も廃トタンを「つぎはぎ」してますから、手間の割に格好の良いものではありませんが仕方ないですね。


 この年はまだポリタンクを担いで水を汲みに行ってた時代ですから、小屋が建ったところで相変わらず風呂にはいるのは大仕事でした。灯油も使える釜でしたが薪で沸かすことにこだわってて、手間はドラム缶風呂の時と変わらなかったです。

 手間いらずで風呂に入れるようになるのは、給水設備が整う(これまた試行錯誤の連続でしたが)数年先のことでした。
 でも初めて1人で建てた小屋ですし、山でまともな風呂に入れたときは感激でしたねぇ (^-^)



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昔話13 仮小屋時代のドラム缶風呂

 テント生活の時代は焚き火で一斗缶にお湯を沸かし、それをシャワー替わりにかぶってたことは前に書きました。
 しかし夜に野外で裸になるのは夏でも寒いので、風呂が欲しくなりました。
 

 で、最初にやってみたのは、地面に穴を掘ってビニールシートで漏らないようにして水を張ります。そこに焚き火で焼いた石を投げ込んで沸かし、風呂にしようと考えました。ビニールが焼けないよう底には石を敷いておきます。
 我ながら良いアイデアだと思ったし理論的にはいけるはずです。しかしやってみたら考えが甘かった…。回りの土からどんどん熱が奪われるから、入れるような温度にならずダメでしたねぇ (^-^;
 ハンドメイドの山暮らしではアイデアが不発に終わることは恒例なので慣れてますけど…。

 ま、偉い学者先生や役人様が発起した巨大プロジェクトだって「予想外の事態」でおシャカになることも珍しい話じゃありませんから、私の失敗なんて気楽でちっぽけなもんですけどね。

 

 …そのうちドラム缶をもらってきたので、それを風呂にしました。
 拾ってきたブロックを「コの字」に並べて釜にして、その上にドラム缶を置きます。廃材の煙突を立てて、倒れないように針金のハンガーを缶の縁に引っかけて固定しました。
 洗い場はフォークリフトのパレットを利用、風呂に入りやすいように(ドラム缶は高さがあるので)地面から40㎝くらい高く設置します。
 五右衛門風呂みたいに直火だから沸くのは比較的早かったです。だけど冷めるのも早いから頃合いを見てさっさと入らないといけません。
 あと肩まで浸かるよう入るのにコツがいりましたね。腰を落としながら上手に膝を曲げてくと「体育座り」で上手く収まります。私は「痩せ形」だからできるのですが、体型的に無理な方もいると思いますが。


 当時は崖の途中まで降りてってポリタンクで湧き水を汲んでました。でも水量が少ないからタンク一杯になるまで30分近くかかり、新たに水を入れると風呂に入るまでが半日仕事でしたね (^_^;

 だから1週間以上風呂水は替えませんでした。使って減った分を補給するだけです。
 初日は透明なお湯ですが2日目からは内部が錆びてお湯が真っ赤になります。ところがこれが良かったんです。
 赤いお湯は鉄分(酸化鉄)を豊富に含んでますから、下手な温泉に負けてませんよ。風呂から上がってしばらくは身体がポカポカと暖かいんですよ。
 私の経験では旅先で入ったどの温泉よりも、ドラム缶風呂の方が暖まりましたね (^-^)
 

 後には廃材パネルで囲って屋根を架けました。
 だけど結局その年の秋に「まともな風呂小屋」を建ててしまったので、ドラム缶風呂の寿命は半年ほどでしたけど。

 だけどあの温まり方は今でも忘れられません。
 北海道の知人の所は今でも五右衛門風呂なんですけど、それに入るたびに「ドラム缶風呂を復活させたいなぁ」と思います。

 「郷愁や情緒」以上のメリットが、これらの原始風呂にあると考えてます。
 

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昔話12 仮小屋時代のトイレ話

 実は仮小屋(初めての山小屋)には何年もトイレというもんがありませんでした。


 朝に泊まり客から「ところでトイレは?」と聞かれれば「はい、行ってらっしゃい~」と紙とスコップを渡してましたよ (^o^)
 いわゆる「野グ○」ってやつでして「キジ撃ち」とも言うそうですね。

 そういやタヌキに私の「野○ソ」を食べられたことがありました。
 夜だし面倒なんで小屋のすぐ脇にいたしたところ、翌朝見るときれいに掘り起こされて何もありませんでした。…ま、相手が人間なら明らかに「変態行為」ですけど、「うーん、好奇心で初物好きなのか、よほど腹が減ってたのか?」と、ちょっとまじめに考えてしまいましたね (^-^;
 
 我が家の場合は隣近所が全くない「山ん中」ですから人に見られる心配も少ないですし、林や藪といった身を隠せる場所が沢山ですから、後は当人の「創意工夫」でしていただければ良いわけです。


 そんな我が家にもトイレを作るきっかけが訪れました。
 友人のひとりが結婚することになり、なんとお腹が大きくなったフィアンセを連れて泊まりに来るとか言うのですよ~。
 …「ま、仕方ねーから便所くらいは作っとくかぁ」というわけです。

 材料は使用済みのコンパネ(型枠)をパネル住宅のように組んで骨組みとし、他に壊した家から持ってきたトタンやドアや便器とかの在庫廃材を寄せ集めて速攻で建てました。
 便槽(肥溜め)は小さな穴を単に掘っただけです。
 水分は浸透して居なくなるし、固形物だけが残るから合理的でしたよ。あと意外なことでしたが、むき出しの土が臭いを吸収するから不思議と臭くないんですよ。
 ま、雨の日も安心して「用が足せる」ってのは便利なことですから、結果的に建てて良かった設備でした。

 一杯になったら土をかぶせて、隣に掘った穴に「よっこいしょっ」と移動させます(手で持てるほど軽い建物です)。
 次の穴も一杯になったら前の穴をまた掘って元の場所に戻すのですが、その頃には固形物も全く臭いのない普通の土に変化しています。
 余談ですがこの土は家庭菜園で最強の肥料になるんですよねぇ…。
 

 そういや毎年訪ねてくれるけど「山に来たなら野グソだろぉ~」とか言って、今でも我が家のトイレを全く使わない来客がいます…。うん、気持ちはわかりますよ。本当は私もそれが好きですからね (^-^)


 人間以外の生き物には当たり前のことですが、考えてみると「野に放つ」のって、とても合理的で理にかなってると思います。
 虫や微生物たちに新鮮な食料を即供給してるのだし、残りは土に還って植物たちの地力となるわけですね。
 彼らは楽して身勝手にやってても、世の中(人の世でなく地球の世)にちゃんと貢献して生きてゆける存在みたいですねぇ。
 …人の世に生きる私にとって、常にあこがれる連中です。


 ところで我が家には現在、まともなトイレ(簡易水洗式です)が備わってますが、便利すぎて時々「これでいいのかな?」と考えてしまう事があります。
 普通に暮らしてたら、意識もしないことなんでしょうけど。




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進化しない水道システム

 我が家はいわゆる「公共の水道」が来てない家です。山暮らしを始めて以来、原則近くに湧いてる水を飲んできました。


 先日と同じ写真ですが、左上に見える「漬け物樽」が当時の給水塔です。
 その左側の斜めの板は登るための階段で、バイトで壊しに行った納屋からもらってきました。



 仕組みはとても簡単で、これにホースと蛇口ををつないだだけです。水タンクを高いところに設置してるから、水圧で小屋の流し台に水が出るだけという…原理なんか説明する必用ありませんね。
 「なーんだ子供だましか」と思う人は、単純よりも難解なもんを好む、私と正反対の気質なんでしょう。

 …でもマンションや高層団地も同じ原理で給水してますよ。

 これを「くだらない」と笑い飛ばすか「高級マンションのシステムを手作りした!」と解釈するかで、同じ事でも本人の「幸せ度」はずいぶん違ってくるもんです。
 初めて蛇口をひねって水が出たときに「すっげぇ~、水道みたいじゃん!」と感激したものでした …(^-^;

 ちなみに頂き物や拾った物がとても多い我が家ですが、毎日口にする大切な水ですからこれだけはすべて新品購入した材料を使ってます。


 ところでこのシステムですが、実は今でも使ってるんですよ。
 現在もキッチン上の屋根裏スペースにこの漬け物樽が置いてありまして、要するに仮小屋の設備をそのまま移植しただけだったりします。
 樽の容量は60リットルしかないので私1人でも3日くらい、来客時は即日空になります。逆に考えればいつでも新鮮な水が飲めるんだと好意的に解釈してますけどね(ちなみに1ヶ月以上常温で置いても全く問題なく飲めます)。

 だけど個人的にはこれで完成とは思ってません。
 いちいち屋根裏に登って水量を見ながら給水するのが面倒なので、キッチンから水位を監視して遠隔操作で給水ができ、今より大きな水タンクとまともな配管のシステムを構想してまして、頭の中では一応図面が出来上がってます。
 
 ま、問題はいつ実行するかですが。
 うーん、現時点で特別不自由はありませんから、どうしても他にやりたいことの後回しになってしまいますよぉ。


 ちなみに飲み水に関しては今のところこの方式を変える気はありません。
 風呂や洗濯機は床下の水タンクから井戸ポンプで給水する便利な方式にしてますが、飲み水だけは極力電気に依存したくないんですよねぇ。

 たぶん電気のない生活を10年した経験から、なんでしょうけど…。

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昔話11 進化する山小屋

 小屋を建てた次の年から現在の本宅の基礎工事を始めました。
 しかし同時進行で仮住まいの山小屋(以後は仮小屋と呼びます)の内装や設備関係の作業もしてました。

 「どうせ仮住まいなのに」と言われそうですが、現在こちらでの生活を快適安定させないことには、本宅建設の方も能率が上がらないんですよ。
 電気はもちろんガス水道も来てませんから、風呂や炊事洗濯といった日常生活に相当な時間と労力を食われてしまいます。
 とにかく資金が乏しい状態ですから、外食コンビニ弁当に温泉やコインランドリー(当時は近くにありませんでした)で済ます、という発想自体がなかったですね。とにかく自分で何とかするって考えのみでした。

 設備関係の具体例は多すぎるので後日に書きますが、仮小屋を建てて3年目くらいがこんな感じです。



 蛇口をひねれば流し台に水が出るし、手軽にガスコンロで調理できるようになってましたね。電気は発電機と車用バッテリーの併用です。
 右後ろのは風呂小屋で洗濯機もありましたし、風呂は薪と灯油の兼用釜で沸かしてました。

 元々は6畳一間の小屋でしたが、モノや道具が増えるにつれどんどん手狭になり前後に増築をしてゆきました(左右の増築は大変ですから)。



 この写真は、たぶん本宅に引っ越す2年前の冬のものですが、前に2間(約3.6m)増築してます。そして次の年はさらに後ろに1間(約1.8m)増築で、なんと合計5間の「ウナギの寝床」になってしまいましたよ。…ちなみに現在の我が家と奥行きの長さだけは同じです (^_^;

 あまり写真が残ってないのですが、内部はこんな感じです。



 今でも使ってる薪ストーブが写ってますから、現在の我が家に引っ越す1~2年前でしょう。…あまりに乱雑で恥ずかしいのですが (^-^;


 今思うとあの頃は、本宅のログハウスよりも仮小屋をいじくり回す方が面白かったですね。
 いつになったら引っ越せるかわからない丸太と格闘するより、考えて工夫し実行したことがすぐに生活に反映されて「快適便利に直結する」作業でしたからねぇ…。

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昔話10 初めての山小屋建設

 いつまでもテントや仮設小屋では不便だからと、Yさんの提案で仮住まいの小屋を建てることにしました。

 
 どうせ本宅を建てるまでの2、3年間もてば良いからと言う話で、基礎は丸太を玉切ってクレオソートを塗り地面に置いただけのものです。
 材木を買う予算がないから、Yさんがトラックで廃材を運んできました。当時私はまともな道具を持ってませんでしたから、一緒に丸ノコ等の工具類と発電機も積んできてくれました。

 とにかく当時の私は建築の知識というものが全くなかったので、Yさんに言われたとおりのことをするのがやっとでした。自分で考え工夫できるレベルじゃなく、昔なら弟子入りしたての「小僧さん(関西では丁稚どんと言うのですか?)」の感覚ですね。

 で、なんだかわからないけど言われるまま一緒に作業して、2日ほどで家の骨組みが出来上がりました。
 発電機や電動工具の使い方や、「これは柱でなく束と言うんだよ」「この木は垂木と言って…」と言う具合に教えてもらいながらの作業でした。
 とりあえず出来た骨組みに、屋根にはブルーシート、壁には農業ハウス用のビニールを貼り付けて中で寝起きできるようにしました。
 …もう寒い時期だったので、小さなドラム缶で薪ストーブも作ってもらいましたねぇ。
 後は住みながら小屋の屋根や内外装を仕上げてゆくわけです。

 ちなみに当初のビニールハウス状態ってのは面白いもんでした。
 テントと違って外が透けてますから、そのまま野外で寝起き生活してる感じです。だけど一応ビニールの壁があって暖房も効きますから、…とにかく不思議な感覚なんですよねぇ。


 ところでYさんはあくまで「仮住まい」ですから適当にトタンや板を打ち付けて、とにかくさっさと住めるようになればいいって考えでした。
 ところが私の方はこの「骨組み」の家素材が面白くて凝ってしまいましたよ。

 材木屋で製材した後の端材がありまして、当時はひと束(軽トラックに満載程度の量ですが)500円で買えました。
 Yさんからストーブの焚き物としてもらったのですが、それをこの小屋の外装に使ってみたいとアイデアが出てしまったんですね。
 さらに他の方達からもアルミサッシとか面白そうな材料をいろいろ頂いたので、それをどう応用して活かすかって考え初めると楽しくなってしまいまして…。
 結局雪が積もって生活できなくなり、山を追い出されるまで廃材相手に遊んでましたね (^-^;



 この写真は次の年の春、山に戻ってきた時に撮ったものです。
 正面や内部の写真が見つからなくて、これしかアップできませんです。扉が見えますがこちらは裏口なんですよ。
 ちなみに手前のドラム缶は、当時使ってたお風呂の湯船です(風呂話はまたの機会に書きますね)。


 屋根のトタンだけはYさんのアドバイスで新品材を購入しましたが、他はすべて(釘を除いて)頂き物の廃材のみです。
 なので材料費はトタンに使った8千円だけで済みました。

 だけど「たった8千円で山小屋が建つ」なんて思わないでください。
 ここまで2ヶ月近くかかった「人件費」に相当する銭勘定は入ってませんからね。
 人件費に相当する「多大に消費した時間」をどう解釈するかで、この小屋が果たして「安上がり」だったのかどうか、大きく意見が分かれると思いますから…。
 

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昔話9 出会いで変わる山暮らし

 なんだか自己流の現状では限界が見えてきた頃に、私にとって運命の出会いがありました。
 
 地元で当時専業農家を営んでたYさんです。作業機械の整備士→職人→農業という、一風変わった経歴を持つ方でした。

 出会った次の日に「おーい、アルバイトしないかぁ~?」と言って、いきなり我が家(テント小屋ですが)を訪ねてきました。
 農業の合間に「1人親方」として、職人仕事も請け負ってたんですね。で、連れて行かれた現場がK工務店が建設中の住宅でした(ちなみにここの社長や土木部門の親方にも、この縁が元で後々非常にお世話になりました)。

 そんな調子で「ヨソ者」の私ですが最初から気さくに受け入れてもらえ、当時はYさんも独身だったので余裕もあって随分とお世話になったものです。


 私の「先輩」「師匠」であり、年上ですが初めてこの土地で気楽に付き合い、一緒に遊べる友人でもありましたね。Yさんの知識や経験から教わったことは、私の「山暮らし」に大いに役立ちました。
 そして何よりも現在の人間関係はYさんを通じて得たものが多いんですよねぇ…。


 当時の私は建築や農業に関して全く無知でしたから、農家の手伝いをしながら「現代農業の経験と知識」、職人仕事の手伝いから「仕事や道具機械の扱い」等々の基礎的なことを親切に教えてもらいましたねぇ。
 そのおかげで今は自分で調べたり人に聞いたりして、なんとか自力で進んでゆけるレベルになれたわけです。
 人付き合いもある程度の知人ができれば、あとはそこから輪が広がってゆくものですしね。

 ちょうどパソコン初心者と同じ境遇ですよ。私も購入当初は「わからないこと」があっても何を調べたら良いのかすら見当も付かない状態でした。雑誌を見ても書いてある単語自体が意味不明でしたしね(ま、PCの方も例によって知識や経験もなく買い込んで悪戦苦闘したわけですが…)。
 そんな時は知ってる人から直接教えてもらうのが一番です。そのうちあるレベルまで憶えてきたら、あとは自分で調べられるようになるわけです。


 残念ですがYさんは数年前に農家を廃業して実家に戻り、今は職人を専業にして暮らしてるそうです。
 そんなことで最近は付き合いも遠くなってしまいましたねぇ…。


 でも現在この土地で生きてゆけてるのは、この出会いのおかげなのは間違いない事実ですし、決して忘れてはいけないことだと思います。
 この土地でいろんな方のお世話になりましたが、やはりYさんが「私の山暮らし」で一番の恩人だったと言えますね。
 

 人には運命を変えるほど強烈な「出会い」があるとか言いますが、それは私にもあったんですねぇ…。
 

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