山暮らし中は結構忙しいし、そこに居るときは書きたい「日々の生活ネタ」が山ほど出てきます。
しかし実際には全てを書いてる時間的余裕もありませんし、例えば動植物や生活環境などの「季節ネタ」は、その時期を過ぎたらタイムリーでなくなるので、タイミングを外すともう書けなってしまうわけです。
本当は「建築や設備の手造り」を中心としたハンドメイド系のブログにする予定でしたが、日々の生活に追われ、それらをまとめてる余裕はありませんでしたね。
ま、ブログというのは日記なのだから、結果的にそれで良かったのだと考えてはいます。
現在は山を降りてるわけですから生活に追われることなく、やっと山暮らしについて過去のことも含めて冷静にまとめる余裕が出てきました。
昔の写真をスキャンしているのもその一環です。都会では収入さえあれば生活のほとんどを心配する必要がないので、「余計なこと」を考え専念する時間を持てるわけですよ。
そういやいつの間にか、ブログのカウンターが5000を越えてますね。
ま、自分でアクセスした分もありますから、純粋に延べ5000人の方が訪ねてくれた訳じゃありませんし、人気サイトに比べたらゴミみたいな数字ではあります。
アクセス数を増やすにはサーチエンジンに登録するとか、相互リンクを増やしたり知人に通知しまくるとか、それとなく掲示板等で宣伝するとか、いろいろな方法があるようです。
実は私も知人の商売のHPを制作したときは、そのような努力をしてみました。…実際どれほどの効果があったのかは正確にわかりませんけどね。
しかしこのブログでは今までそのようなことを全く行ってきませんでした。別に秘密にしてる訳でもないのですが、実は知人たちにもここの存在を教えてなかったりします。
宣伝してるヒマもなければ、沢山の方に観てもらいたいという欲求もない、というのもありましたが、一方で全く宣伝活動をせずに知人の力も借りず、どれだけのアクセスがあるものか?という興味もありましたね。
さて、しばらくは仕事をしながらも時間的な余裕が持てる時期です。
これから今年の冬の課題としている「山暮らしのまとめサイト」の制作と、ブログのアクセスを増やすために"少しは努力をしてみる"(その違いというのに興味があります)というのを考えているところです。
今後のブログについて
このブログについて
このブログは「でたらめ山暮らし/ブログ版」というタイトルです。
それじゃあ「ブログ版」以外の、例えばHTML版(通常のホームページ、以下HPと書きます)があるのか?ということになりますが、実はまだありません。
元々はブログでなく、普通のHPをつくる予定でした。
4年前に知人がしている商売のHPを制作して、現在も管理しているからHTMLの初歩的知識はありますし、数年前から自分のを持ちたいとは思っていました。
PCの中でプロトタイプを以前からつくってはいるのですが、構成やレイアウトなどに納得できるものが思い浮かばず、悩んだまま今に至っているわけです。
なのでまずは、HPより手軽なブログから始めて、テーマやネタの整理と構成を考えてみようと思っているところです。個人的にこのブログは人に見ていただくというより、HP制作のためのノート代わりって感じですね。
現在住んでいるログハウスの建設記録や、山での生活スタイル等はHP形式でまとめていった方が散漫にならず良いかと思いますし、日々の日記的内容は今のブログ形式の方がわかりやすいかと考えています。
ともかく、このブログは続けてゆくつもりです。
過去の出来事をまとめたHPは制作に手間と時間がかかるので、山暮らし中は無理でしょう(作成ソフトを持っていないので、メモ帳やワードパッドにタグ打ちしてますし)。
自給自足してるわけでもないのに、とにかく何から手をつけたら良いかわからないほど、することがたくさんあって、そのうえ最近は人様の仕事も受けてるから相当に忙しいんですよ。
HPの制作は、冬の出稼ぎ中の楽しみに取っておくしかないでしょうね。
それじゃあ「ブログ版」以外の、例えばHTML版(通常のホームページ、以下HPと書きます)があるのか?ということになりますが、実はまだありません。
元々はブログでなく、普通のHPをつくる予定でした。
4年前に知人がしている商売のHPを制作して、現在も管理しているからHTMLの初歩的知識はありますし、数年前から自分のを持ちたいとは思っていました。
PCの中でプロトタイプを以前からつくってはいるのですが、構成やレイアウトなどに納得できるものが思い浮かばず、悩んだまま今に至っているわけです。
なのでまずは、HPより手軽なブログから始めて、テーマやネタの整理と構成を考えてみようと思っているところです。個人的にこのブログは人に見ていただくというより、HP制作のためのノート代わりって感じですね。
現在住んでいるログハウスの建設記録や、山での生活スタイル等はHP形式でまとめていった方が散漫にならず良いかと思いますし、日々の日記的内容は今のブログ形式の方がわかりやすいかと考えています。
ともかく、このブログは続けてゆくつもりです。
過去の出来事をまとめたHPは制作に手間と時間がかかるので、山暮らし中は無理でしょう(作成ソフトを持っていないので、メモ帳やワードパッドにタグ打ちしてますし)。
自給自足してるわけでもないのに、とにかく何から手をつけたら良いかわからないほど、することがたくさんあって、そのうえ最近は人様の仕事も受けてるから相当に忙しいんですよ。
HPの制作は、冬の出稼ぎ中の楽しみに取っておくしかないでしょうね。
過去の経緯について
現在の状況をざっと書いてみましたが、ここに至るまでの経緯も簡単に述べてみます。
競売物件を購入して山暮らしを始めようと思いましたが、土地には家もライフラインも車もありません。
仕事を辞めたので時間だけはあるのですが、お金も含めてそれ以外のものが無いのです。
あるのは通勤用に使っていた原付バイク(初代スーパーカブ)とキャンプ道具だけです。なのでカブにキャンプ道具を満載して「自分の山」に向かい出発しました。
ま、過去にカブで信州や北海道へキャンプツーリングに出かけていますし、そこらのノウハウはあるから、とりあえず大丈夫だろう、ってな安易な発想でした。
無い物ねだりをしていても始まりませんから、まずはできることからやってみるというのも、ひとつの方法ではありますけどね。
というわけで最初の2年ほどはテント生活をしていました。
初めの年は30坪ほどを開墾して終わりました。道具は鍬、鎌、スコップ、ノコギリという手道具のみです。荒れ放題の土地だったので、大変だったけど楽しい経験でしたね。
初めて自分の土地でたき火をしたときの快感は、今でも貴重な思い出です。
2年目にふとしたことで、地元のYさんと知り合いました。(実名や個人情報をネットで明かすのはどうかと思うので、仮名にしておきます)
元々は職人さんでしたが、当時は専業農家をしていて、農閑期には職人仕事も副業でやっていました。
この方と知り合ったことで私の運が開けたのだと思います。間違いなく私の「山暮らし」最大の恩人ですね。土木建築と農業の初歩を教えていただきました。
Yさんは貧乏な私を心配して、建設関係のアルバイトを紹介してくれました。
テント生活じゃ不便だからと、廃材を分けてくれて6畳一間の小屋の作り方を指導してもらい、材料や道具の使い方の基本を教えてもらいました。先日、役目を終えて解体した小屋です。
おかげ様で山暮らし2年目の晩秋に、テント生活を卒業できました。
ところで当初この土地では、最終的に12畳くらいの家を建てて、別荘として使えるようになったら、この暮らしを終了させるつもりでいました。(建築の技術や知識も無いくせにです)
そんな時Yさんがここの木を使い、一緒にログハウスを建ててみないかと提案してきました。
建て方は教えてやるし道具も貸してやる、農閑期なら週に3、4日は山に来られるから二人でやってみないか?というお話でした。
それなら何も知らない私でも何とかなるかもしれないと思い(今思えば浅はかでしたが)、それじゃあ農繁期は私が農業を手伝いに行き、農閑期にログハウス造りを一緒にすると言うことで話がまとまりました。
3年目からログハウス造りを始めました。
予定地の木を伐採して遣り方を出したまでは良かったのですが、その頃からYさんは現在の奥さんとおつきあいを始め、また副業も忙しくなってきてしまったこともあり、ほとんど山に来られなくなってしまいました。
なので時間があるときに来てもらい、作業の指導を受けたり手本を見せてもらって、あとは私がほとんどひとりで作業をする格好になりましたね。
何とか基礎工事が終わり、以降に土台を組み終わる頃になると、Yさんは結婚も決まって家庭を持つことになり、また副業の方もさらに多忙となって、私の所には全く来られない状態になってしまいました。(ちなみに農業の手伝いには、その後何年も行っていました)
さて困りました。元々Yさんを頼りに始めたログハウス造りですが、ここに来て全くの独りになってしまいましたよ。
今までもほとんど独り作業ではありましたが、もう専属で教えてくれる人がいません。
ただ、Yさんから建築の初歩的なことは教わっていましたし、アルバイトは大工、土木、左官、設備、資材屋さん等いろいろやっていたので相談相手はいます。 大いに未熟ながら、このまま続けてみようと決心をしました。
当時は景気が良くて人手不足だったから、私みたいに何も知らない「よそ者」でもアルバイトは引っ張りだこだったんですねぇ。
良い時代でしたし、来たタイミングというか運が良かったんだと思います。
それに、これのために山で殺生と自然破壊をさんざんやってきたわけですから、もう途中で投げ出すわけにはいきませんしね。
その頃、基礎工事と平行してバイト先でもらってきた廃材を使い(釘以外は屋根も含めてすべて廃材でしたね)、全く独りの考えと作業で風呂小屋も建てていました。
小さな小屋くらいなら自力で建てられるくらいには、成長していましたし、「要するにこれの十倍ほど、大きいやつを造ればいいんだろっ」という自信も少し芽生えていましたね。
パソコンなんかでもそうですが、始めた頃は何を調べたら、聞いたらいいのかもわからないくらい無知な状態ですよね。そんな頃には知っている人に教えてもらうのが一番の近道です。
おかげ様で家造りの方も、「何を自分で調べて、人に質問したらいいのか」くらいのことはわかるレベルになっていましたので、きっと大丈夫だろうと考えていました。
今思えば根拠のない自信であり、考えも甘すぎましたね。
ただ、何も知らなかったからやり続けて、とりあえず結果を出すことができたんだなぁ、とは思っています。
あんな酷い目に遭うと知っていたら、きっとあの時点で投げ出していたことでしょう…。(^_^;
当初は2、3年で終わらせるはずだった「山暮らし」でしたが、そのまま今に至っています。
結局は、ここの生活が一番性に合っているとわかってしまったので、やめられなくなってしまいました。
今の時代、人目を気にせず好き勝手に生活できる場所なんて、無人島か山ん中くらいしか無いですからねぇ…。

競売物件を購入して山暮らしを始めようと思いましたが、土地には家もライフラインも車もありません。
仕事を辞めたので時間だけはあるのですが、お金も含めてそれ以外のものが無いのです。
あるのは通勤用に使っていた原付バイク(初代スーパーカブ)とキャンプ道具だけです。なのでカブにキャンプ道具を満載して「自分の山」に向かい出発しました。
ま、過去にカブで信州や北海道へキャンプツーリングに出かけていますし、そこらのノウハウはあるから、とりあえず大丈夫だろう、ってな安易な発想でした。
無い物ねだりをしていても始まりませんから、まずはできることからやってみるというのも、ひとつの方法ではありますけどね。
というわけで最初の2年ほどはテント生活をしていました。
初めの年は30坪ほどを開墾して終わりました。道具は鍬、鎌、スコップ、ノコギリという手道具のみです。荒れ放題の土地だったので、大変だったけど楽しい経験でしたね。
初めて自分の土地でたき火をしたときの快感は、今でも貴重な思い出です。
2年目にふとしたことで、地元のYさんと知り合いました。(実名や個人情報をネットで明かすのはどうかと思うので、仮名にしておきます)
元々は職人さんでしたが、当時は専業農家をしていて、農閑期には職人仕事も副業でやっていました。
この方と知り合ったことで私の運が開けたのだと思います。間違いなく私の「山暮らし」最大の恩人ですね。土木建築と農業の初歩を教えていただきました。
Yさんは貧乏な私を心配して、建設関係のアルバイトを紹介してくれました。
テント生活じゃ不便だからと、廃材を分けてくれて6畳一間の小屋の作り方を指導してもらい、材料や道具の使い方の基本を教えてもらいました。先日、役目を終えて解体した小屋です。
おかげ様で山暮らし2年目の晩秋に、テント生活を卒業できました。
ところで当初この土地では、最終的に12畳くらいの家を建てて、別荘として使えるようになったら、この暮らしを終了させるつもりでいました。(建築の技術や知識も無いくせにです)
そんな時Yさんがここの木を使い、一緒にログハウスを建ててみないかと提案してきました。
建て方は教えてやるし道具も貸してやる、農閑期なら週に3、4日は山に来られるから二人でやってみないか?というお話でした。
それなら何も知らない私でも何とかなるかもしれないと思い(今思えば浅はかでしたが)、それじゃあ農繁期は私が農業を手伝いに行き、農閑期にログハウス造りを一緒にすると言うことで話がまとまりました。
3年目からログハウス造りを始めました。
予定地の木を伐採して遣り方を出したまでは良かったのですが、その頃からYさんは現在の奥さんとおつきあいを始め、また副業も忙しくなってきてしまったこともあり、ほとんど山に来られなくなってしまいました。
なので時間があるときに来てもらい、作業の指導を受けたり手本を見せてもらって、あとは私がほとんどひとりで作業をする格好になりましたね。
何とか基礎工事が終わり、以降に土台を組み終わる頃になると、Yさんは結婚も決まって家庭を持つことになり、また副業の方もさらに多忙となって、私の所には全く来られない状態になってしまいました。(ちなみに農業の手伝いには、その後何年も行っていました)
さて困りました。元々Yさんを頼りに始めたログハウス造りですが、ここに来て全くの独りになってしまいましたよ。
今までもほとんど独り作業ではありましたが、もう専属で教えてくれる人がいません。
ただ、Yさんから建築の初歩的なことは教わっていましたし、アルバイトは大工、土木、左官、設備、資材屋さん等いろいろやっていたので相談相手はいます。 大いに未熟ながら、このまま続けてみようと決心をしました。
当時は景気が良くて人手不足だったから、私みたいに何も知らない「よそ者」でもアルバイトは引っ張りだこだったんですねぇ。
良い時代でしたし、来たタイミングというか運が良かったんだと思います。
それに、これのために山で殺生と自然破壊をさんざんやってきたわけですから、もう途中で投げ出すわけにはいきませんしね。
その頃、基礎工事と平行してバイト先でもらってきた廃材を使い(釘以外は屋根も含めてすべて廃材でしたね)、全く独りの考えと作業で風呂小屋も建てていました。
小さな小屋くらいなら自力で建てられるくらいには、成長していましたし、「要するにこれの十倍ほど、大きいやつを造ればいいんだろっ」という自信も少し芽生えていましたね。
パソコンなんかでもそうですが、始めた頃は何を調べたら、聞いたらいいのかもわからないくらい無知な状態ですよね。そんな頃には知っている人に教えてもらうのが一番の近道です。
おかげ様で家造りの方も、「何を自分で調べて、人に質問したらいいのか」くらいのことはわかるレベルになっていましたので、きっと大丈夫だろうと考えていました。
今思えば根拠のない自信であり、考えも甘すぎましたね。
ただ、何も知らなかったからやり続けて、とりあえず結果を出すことができたんだなぁ、とは思っています。
あんな酷い目に遭うと知っていたら、きっとあの時点で投げ出していたことでしょう…。(^_^;
当初は2、3年で終わらせるはずだった「山暮らし」でしたが、そのまま今に至っています。
結局は、ここの生活が一番性に合っているとわかってしまったので、やめられなくなってしまいました。
今の時代、人目を気にせず好き勝手に生活できる場所なんて、無人島か山ん中くらいしか無いですからねぇ…。

現在の住まい(設備関係)
設備関係についてです。
現在はほとんど普通の家と変わらない状態になっていますので、過去のことも一緒に書いてみます。
一般家庭と一番違うのは水の供給です。
以前にも書いたので重複しますが、我が家の裏は崖になっており20mほど下った途中に水が湧いています。
湧いている箇所に横穴を掘りホースで引き、ステンレスの浴槽を水溜にしてポンプで上げています。
落ち葉や雨が入らないように、ふたをして屋根をかけています。
台所の飲料水は屋根裏に上げて自然落下させています。万一電気が止まっても常時水を使えるようにするためです。タンクが40リットルしかないのですが、その分常に新鮮な水が飲めるわけです。ひと月以上置いても腐るような水ではありませんけどね。
風呂場は逆に床下に溜めて、井戸ポンプをつないでいます。こちらのタンクは浴槽を利用しているので十分な水量があり、風呂や洗濯に便利です。
余談ですが、以前訪ねてきた方が水質検査の機械を持っているというので、試しにみてもらいました。
結果は飲用として全く問題なし、とのことで安心しました。
お客さんの中には気味悪がって水を飲まないひともいます。私は水道の水の方が気味が悪いと思っているのですけど…。
そのまま飲んでも、お茶や水割りもおいしいですが、個人的には野菜のおひたしで都会の水道水とは決定的な差が出ると思っています。
山暮らしを始めた頃はポリタンクを持ち、崖を降りて汲みに行ってました。当時は風呂に入るのが半日仕事でしたねぇ。
水槽を設置してエンジンポンプで汲み上げるようになったのは、4年目くらいだったと思います。
電気ポンプに換えて、冬に凍らないよう配管を埋めたのはその数年後です。これでやっと水を汲み上げるのに崖を降りてゆく必要がなくなりました。
電気は今は電力会社から引いています。山暮らし10年目の冬に開通しました。
それまでは電動工具や洗濯機を使うときに発電機を回し、その間に車用のバッテリーを充電します。
バッテリーで豆電球や小さな蛍光灯、ラジカセ、テレビ(車載用)なんかを使っていました。
メインの明かりはキャンプ用の、灯油やガソリンのランタンを使っていました。灯油ランタンはカタログデータでは電球270ワット相当とのことで、相当に明るいものでしたね。発熱もすごかったですが。
ガスは最初はキャンプ用の灯油とガソリンのコンロ、後にカセットコンロ、現在はプロパンガスを使用しています。
そういやこれまたキャンプ用の「ガス冷蔵庫」なんてのも使っていました。(もう家で使ってませんが今でも旅行用に持っています)
風呂はユニットバスです。灯油の釜で沸かしています。
取り壊す家から解体して持ってきたものです。
小屋に住んでた頃はドラム缶風呂に始まり、最後は風呂小屋を建て、薪で沸かす釜を使っていました。現在薪の釜を使っていないのには重大な意味があるのですが、長くなるので機会があれば後日に書くことにします。
トイレは簡易水洗です。我が家で唯一の新品既製品を購入しました。工事は自分でしましたけどね。
知り合いの大工さんから原価で分けていただきました。「おまえ相手に儲けてもしょうがないよ」とありがたい言葉をいただきました。(^-^)
当時は電気を引いていなかったので浄化槽が必要な水洗はダメでした。
個人的には最も糞尿を有効利用できる「くみ取り式」にしたかったのですが、来客のことも考えて簡易水洗としました。
ちなみに自分で工事すれば、予算的に水洗も簡易水洗も変わらないんですねぇ。
山暮らしを始めて5年くらいは、我が家にトイレというものがありませんでした。
スコップと紙を持って、お出かけをしてました。
当時友人が嫁さんを連れて来ることになったので、急遽トイレ小屋を作りました。便器も含めてすべて手持ちの廃材を使い、一日で建てましたねぇ。
電話は電気を引いた翌年に引きました。電話自体はケータイがあるのでどうでもよく、インターネットが目的です。
電気を引く前からケータイは持っていました。知人からの緊急連絡で電報をもらったことがきっかけとなって購入しました。当時は車用の充電器を購入してバッテリーで充電してましたね。
ここはエリア地図をみると圏外なのですが、山で見晴らしがよいから電波が届くようです。
郵便や宅配便は配達に来てくれます。こんな遠くまでありがたいことです。
新聞の配達は来ませんが、ニュースはネットがあるから問題ありませんね。
家財道具のほとんどは頂き物でして、ちょうどログハウスに屋根をかけ、とりあえす小屋からログの屋根裏に引っ越した頃のことです。
友人宅が家を新築して親と同居することになりました。
引っ越しをするのに私の軽トラックを使いたい、と頼まれたので当時の愛車に乗って手伝いに行きました。
親と同居するということは、2世帯が1世帯になるということです。電気製品も含めて(電気を引く前でしたが)1世帯分の家財道具をその時に頂きました。
手伝いの日当も払うと言われたのですが遠慮しました。家財道具一式を頂いたら、こちらの方が払わないといけないくらいですからね。
「それじゃあ悪いからなぁ」と言って、爺ちゃんが米を一袋(30キロ)くれました。
山暮らしを始めてから、本当に運が良くて人に恵まれたと思う出来事のひとつでした。
現在はほとんど普通の家と変わらない状態になっていますので、過去のことも一緒に書いてみます。
一般家庭と一番違うのは水の供給です。
以前にも書いたので重複しますが、我が家の裏は崖になっており20mほど下った途中に水が湧いています。
湧いている箇所に横穴を掘りホースで引き、ステンレスの浴槽を水溜にしてポンプで上げています。
落ち葉や雨が入らないように、ふたをして屋根をかけています。
台所の飲料水は屋根裏に上げて自然落下させています。万一電気が止まっても常時水を使えるようにするためです。タンクが40リットルしかないのですが、その分常に新鮮な水が飲めるわけです。ひと月以上置いても腐るような水ではありませんけどね。
風呂場は逆に床下に溜めて、井戸ポンプをつないでいます。こちらのタンクは浴槽を利用しているので十分な水量があり、風呂や洗濯に便利です。
余談ですが、以前訪ねてきた方が水質検査の機械を持っているというので、試しにみてもらいました。
結果は飲用として全く問題なし、とのことで安心しました。
お客さんの中には気味悪がって水を飲まないひともいます。私は水道の水の方が気味が悪いと思っているのですけど…。
そのまま飲んでも、お茶や水割りもおいしいですが、個人的には野菜のおひたしで都会の水道水とは決定的な差が出ると思っています。
山暮らしを始めた頃はポリタンクを持ち、崖を降りて汲みに行ってました。当時は風呂に入るのが半日仕事でしたねぇ。
水槽を設置してエンジンポンプで汲み上げるようになったのは、4年目くらいだったと思います。
電気ポンプに換えて、冬に凍らないよう配管を埋めたのはその数年後です。これでやっと水を汲み上げるのに崖を降りてゆく必要がなくなりました。
電気は今は電力会社から引いています。山暮らし10年目の冬に開通しました。
それまでは電動工具や洗濯機を使うときに発電機を回し、その間に車用のバッテリーを充電します。
バッテリーで豆電球や小さな蛍光灯、ラジカセ、テレビ(車載用)なんかを使っていました。
メインの明かりはキャンプ用の、灯油やガソリンのランタンを使っていました。灯油ランタンはカタログデータでは電球270ワット相当とのことで、相当に明るいものでしたね。発熱もすごかったですが。
ガスは最初はキャンプ用の灯油とガソリンのコンロ、後にカセットコンロ、現在はプロパンガスを使用しています。
そういやこれまたキャンプ用の「ガス冷蔵庫」なんてのも使っていました。(もう家で使ってませんが今でも旅行用に持っています)
風呂はユニットバスです。灯油の釜で沸かしています。
取り壊す家から解体して持ってきたものです。
小屋に住んでた頃はドラム缶風呂に始まり、最後は風呂小屋を建て、薪で沸かす釜を使っていました。現在薪の釜を使っていないのには重大な意味があるのですが、長くなるので機会があれば後日に書くことにします。
トイレは簡易水洗です。我が家で唯一の新品既製品を購入しました。工事は自分でしましたけどね。
知り合いの大工さんから原価で分けていただきました。「おまえ相手に儲けてもしょうがないよ」とありがたい言葉をいただきました。(^-^)
当時は電気を引いていなかったので浄化槽が必要な水洗はダメでした。
個人的には最も糞尿を有効利用できる「くみ取り式」にしたかったのですが、来客のことも考えて簡易水洗としました。
ちなみに自分で工事すれば、予算的に水洗も簡易水洗も変わらないんですねぇ。
山暮らしを始めて5年くらいは、我が家にトイレというものがありませんでした。
スコップと紙を持って、お出かけをしてました。
当時友人が嫁さんを連れて来ることになったので、急遽トイレ小屋を作りました。便器も含めてすべて手持ちの廃材を使い、一日で建てましたねぇ。
電話は電気を引いた翌年に引きました。電話自体はケータイがあるのでどうでもよく、インターネットが目的です。
電気を引く前からケータイは持っていました。知人からの緊急連絡で電報をもらったことがきっかけとなって購入しました。当時は車用の充電器を購入してバッテリーで充電してましたね。
ここはエリア地図をみると圏外なのですが、山で見晴らしがよいから電波が届くようです。
郵便や宅配便は配達に来てくれます。こんな遠くまでありがたいことです。
新聞の配達は来ませんが、ニュースはネットがあるから問題ありませんね。
家財道具のほとんどは頂き物でして、ちょうどログハウスに屋根をかけ、とりあえす小屋からログの屋根裏に引っ越した頃のことです。
友人宅が家を新築して親と同居することになりました。
引っ越しをするのに私の軽トラックを使いたい、と頼まれたので当時の愛車に乗って手伝いに行きました。
親と同居するということは、2世帯が1世帯になるということです。電気製品も含めて(電気を引く前でしたが)1世帯分の家財道具をその時に頂きました。
手伝いの日当も払うと言われたのですが遠慮しました。家財道具一式を頂いたら、こちらの方が払わないといけないくらいですからね。
「それじゃあ悪いからなぁ」と言って、爺ちゃんが米を一袋(30キロ)くれました。
山暮らしを始めてから、本当に運が良くて人に恵まれたと思う出来事のひとつでした。
現在の住まい(ログハウス)について

ブログというものを書き始めて1ヶ月が過ぎました。
日々の出来事を中心に思いつくまま書いてきたので、私のことを知らない方が読まれても「山暮らし」の概要がさっぱりわからないのではないかと考えました。
というわけで、現在の生活環境やそれまでの経緯を何日かかけて、大まかに書いてみることにします。
土地は裁判所の競売物件です。登記上の面積は700坪くらいです。安い中古車並の価格で落札できました。
地目は「山林」で「用途無指定区域」となっています。
どういうことかと言えば、「確認申請(建築許可)は不要だし、自由に使っていい土地だよ」ってことです。なので好き勝手に使っています。
現在住んでいる家はログハウスと呼ばれるもので、総床面積は約30坪です。
丸太を2段組んだ上に柱を立てた、「ポストアンドビーム」と呼ばれる、丸太で骨組みを作る工法です。正面だけは壁に丸太を使った「ピーセンピース」工法です。
丸太はすべて自分の土地に生えていた、カラマツやスギを倒して使用しています。
また建物の一部を2階建てにしてあり、その部分はツーバイフォー方式で作りました。
かなりでたらめなやり方ですが、その理由は最初は壁面をすべて丸太を組んだフルログにする予定でしたが、木を倒して加工するのがイヤになったので、材料を節約し有効利用できるピーセンピースに途中で変更しました。
けど丸太の壁も正面部分を作ったら面倒になったので、普通の壁のポストビームに切り替えました。
さらに2階部分は筋交いを入れるのが面倒になったので、間柱を合板で挟んで強度を出すツーバイフォーもどきで済ませてしまいました。
結果的に作業の手間や時間が短くなって正解だったと思っています。
正直、素人がひとりで30坪のフルログを建てるのは事実上無理だと思います。初心貫徹していたなら、今でも住める状態になかったでしょう。それ以前に投げ出していたでしょうけどね。
それでも基礎工事を始めてから、何とか住める状態になるまで6年以上かかりました。
基礎は中古のヒューム管を使った独立基礎です。
当時、住宅の基礎を作るアルバイトに行っていたこともあり、作り方自体は正攻法の鉄筋コンクリートです。
スコップで穴を掘り、廃車寸前の軽トラック(初めての車です。それまではバイクに乗ってました)を手に入れて資材を運び、コンクリートはミキサーを借りてきて自分で練りました。
安くは上がったけど、結局基礎工事だけで1シーズンが終わっていましたねぇ。
重機を借りてきて穴を掘り、生コン車を頼んだ方が効率が良かったと後で思いましたが、良い経験をしたとは思っています。
まだまだ未完成な家ですが、とりあえず生活には不自由しない状態になったので、あとは気の向いたところからボチボチと作業をしています。
気になる費用ですが、材料費自体はたぶん今のところ100万円以内に収まっていると思います。
骨組みはこの土地の樹木なので、手間だけで(その手間がものすごいんですけど)材料費自体はタダですし、見えない部分には頂き物の廃材を多用してます。
でも道具代には100万以上使ってますね。私は工具マニアではないので必要最小限の安い道具ばかりですけど。
電動工具類はひととおり揃っていますが、貧乏だから困って必要に迫られるまでは、事前に買い揃えないようにしていました。
もう処分してしまいましたけど、ボロボロのユンボ(作動油漏れまくりで、すぐにキャタピラがはずれる)やユニック(一応吊れますが旋回できません。旋回させると止まらなくなり暴走するので…)も以前はありました。
すべて手道具、手作業なんてドラマの中だけの理想世界だと思いますね。
丸太を吊るのにチェーンブロックなども使ってはみました。
使えなくはないけど、こんなんじゃ手間と時間がかかりすぎて仕事になりません。
ひとりの作業には、やはり重機や電動工具の手助けが必要です。
ちなみに電気と電話の引き込み以外に業者の手は入っていません。それ以外はすべて素人がぶっつけ本番でやった仕事です。
私は大工などの職人ではありません。建築に何の知識も技術もなかった、都会で生まれ育ったモヤシっ子(死語かな?)だったのです。
そんな私でも何とかなったのは、この土地に来て以来様々な方(特に職人さんたち)に良くしていただいたおかげだと思っています。(ちなみに親戚や知り合いはひとりもいない土地でした)
確かに作業自体はひとりで95%以上をしていますが、それらの親切がなければ今の生活は間違いなく無かったです。…運が良くて人に恵まれたんですねぇ。
以上、専門用語が結構出てきてしまいましたが、解説するのが面倒なので興味のある方はご自分で調べてくださいね。
風呂やトイレなどの設備関係や収入の手だて、この土地に来て我が家を建てるまでの経緯については、また後日に書いてみることにします。気が向いたときにですが。




