でたらめ山暮らし/ブログ版

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

失敗から学べたら…

 子供の頃から人一倍本を読んだ自負はあるのですが、山暮らしを始めてからはそうはいかず読書量は激減しましたね。
 まともな読書時間が持てるのは冬期間だけですが、先日読んだのがこれ。



 「この本には、わたしが15年間に見たり、聞いたり、体験した田舎暮らしの失敗例やその対処法が書いてある」という前書きで興味をひきましたね。
 成功例の話や本は沢山あるけど本当は失敗例の方が参考になるはず…というのが私の考えでしたから。

 ちなみに私自身も「とりあえず生活に支障ないレベルになった」から失敗とは言えないだろうが、反面「あれだけの年月をかけてこの程度か…」という不満や自己嫌悪が多々ありまして、成功例だとは胸を張れない気持ちであります。
 
 ま、私の場合は裁判所の競売物件を落札して「でたらめゲリラ的」に始め、運良く何とかなってしまったから人様の役に立つ体験談は無いと思います。
 しかしこの本では業者から田舎の不動産を購入してリフォームや新築という「正攻法」の問題点について書かれてるから参考になるんじゃないでしょうか。


 で、読んでみて個人的に感じたことは、
 購入時の失敗やトラブル原因の第一は「不動産や商取引の法知識や常識的慣習を知らないこと」「住宅建築に関する基本的知識が欠如していること」かな?と思いました(電気以外は業者に委託した経験がないんでよくわかりませんが)。
 
 購入後の田舎暮らしに関しては「都会生活の価値観を持ち込んで人と妥協しない」ことかな?なんて思いましたが、偉そうに語れる身分じゃないんで「単純で無責任な感想」と聞き流してくださいね。

 ただ、自分の経験から思うに「たぶん著者は本に書ききれない細かい事例、それと本には書けない内容も沢山あるんだろうなぁ…」と考えてしまいましたよ。


 …そういや過去に我が家へ来た方たちには田舎暮らしや山暮らし、さらには自給自足のコミュニティ村構想といった夢まで語る人もいましたよ。

 私が今でも得ることができない「自分に対する自信」「夢や理想を熱く語る能力」は羨ましいほど持っているが、「どうやって土地を入手するか?」「時間とお金の問題をどう解決するか?」と現実具体的な質問すれば答えられない人が大半でした。
 
 以上は決して皮肉ではありません。
 過去に私自身が本の知識や情報から「根拠のない自信や思いこみ」に溺れるようになり、山暮らしを始めても目の前の課題に満足な対処ができない現実を思い知らされたから(それは今でも続いてる)、夢を語るだけの人には少々きびしい意見を述べてしまうわけです。

 そして口だけじゃなく実際に行動を始めた人も何人かいましたよ。
 先ほど「都会生活の価値観を持ち込んで…」と書きましたが、私が知る失敗例は都会生活というより「自分のこだわりや自己主張が強すぎて譲らないタイプ」なのかも?って考えもあります。

 例えば移り住んだ地域農家の人を相手に「無農薬、無化学肥料の自然農法」を無神経に主張したらどうなるか?
 私は地元の専業米農家や北海道の野菜農家で働いた経験があるから恐ろしくて言えませんけどねぇ…。
 だからその手のことはできるだけ他人様を刺激しないよう「ひっそりこっそり」やってるわけです(ただ最近は世の変化や実例も増えて無農薬有機も多少評価されるようになった気がする)。


 ちなみに私はいわゆる「田舎」と呼ばれる地域で生活してるわけですが、自分では「田舎暮らし」をしてる意識はあまりないので「山暮らし」という表現を使ってます。
 実際のところ一番近い人家から2㎞ほど離れてるからどこの集落にも所属してないし、一応過去に話はあって私も前向きな返事をしたんだが、あちらも「孤立したヨソ者」と正式に関わるのが面倒みたいで結局は放置されてますよ …(^o^;

 今になって様々なことを思い出して考えるに、私は本当に運が良かったと思う次第です。
 そしてもちろん地域の人たちからの善意や恩恵のおかげでここまで来たことは事実ですが、具体例については気が向いたら書くことにしましょう。

 ま、地元集落でアルバイト経験もして今でも付き合う方が少しはいるから顔や素性は知られてるし、一応長期間住んで大きなトラブルも起こしてないから「黙認状態」なのかな?などと勝手に解釈してますよ。


 というわけで本や人様の話を参考にしながらも、結局は自分にあったスタイルで取りかかるのが一番な気がしたわけです。

スポンサーサイト

テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

欠陥人間の生きがい

 えーっと、まずは前回書き忘れたことを補足しときますね。

 電気のない生活でご飯を温め直すときに「蒸す」ことを書きましたが、みそ汁や煮物みたいに直火にかけられない食料は蒸すことで電子レンジの代わりになるということを述べたかったわけです。

 さらにオーブントースターの代わりとしてフライパンを使ってました。
 食パンならフライパンで両面を焼けば簡単だし、ピザとか焦げて困るもんは皿やシワシワにしたアルミホイルを敷いて蓋をすれば「表面に焦げ目をつける」とか細かいことはできないけど問題なく調理できますよ。

 ついでに余談ですがパンやスポンジケーキはオーブントースターで作ることも可能で、焦げにくいよう発熱体をアルミホイルで覆ったりシビアな面はあるけど工夫すれば何とかなります(料理好きの友人から教わって私も経験済み)。
 最近はダッチオーブンなるものがアウトドア系に普及してきて、これを使えばパンだって比較的手軽に作れそうですね。

 考えてみれば世界の伝統的料理なんて元々が電子レンジ等々の電気製品とは無関係に作り出されたもんですから、薪という熱源に単純な調理器具だけでほとんどのことができるんじゃないかと思いますよ。


 要するに山暮らし全般に言えることなんだけど「○○が無いから無理」という考え方は、工夫することでほとんどが解決というか「完璧とは言えなくとも何とかなる」ってことです。


 たとえば風呂なんですけど、山に来た当初のテント暮らし時代は拾ってきた一斗缶に水を入れ焚き火で沸かし、適温になったらコッヘルで体にかけながらシャワーみたいにして体を洗ってました。
 おかげでバケツ1杯のお湯があれば頭も体もきれいにできる技?が身につきましたよ~。

 ちなみにそれは真夏でも夜の野外では相当に寒いわけでありまして、軟弱者の私にとっては決心して気合いを入れないと億劫になる行為ではありましたが …(^o^;

 もちろん暖かい浴室でのんびり快適に身を清めるなど無理な話ですが、とりあえず頭や体が不快でかゆくなることから解放され、人前に出ても恥ずかしくない程度にはきれいになれたわけですねっ。

 ま、さすがにそんな状況はイヤだったんで、やがてドラム缶風呂に進化。
 それでも露天じゃ寒いから小屋で囲って、さらには中古(ジャンク)の浴槽を手に入れて風呂小屋を建て、薪と灯油の兼用釜という具合に進化していきましたねぇ…。


 ところで旅先で知り合って我が家に訪ねてくる人の中には、私と同じように「手作りの山暮らし」を志向する方もそこそこいるわけです。

 ただ彼らの話(理想や希望)を聞いてると、どの方も「はじめから失敗や欠点のない完璧な結果」ばかりを求めているように想えてしまいます。

 そりゃすでに家庭を持って責任ある立場の「父ちゃん」であるなら私みたいないい加減なことができないのは現実でしょう。
 しかし若くて独身の自由な身分までもが「父ちゃん」みたいなことを考えるのはどうなんだろう?


 あくまで私個人の経験的意見で決して正論ではないのですが、とりあえずは「できる範囲、わかる範囲」でまずは行動してみた方が自分の「無知、無力、無能」な部分を認識せざるを得ない状況になる。
 そして自分の中だけじゃなく外部対人関係とかにおける自分の弱点や限界も(認めたくないんだが)しぶしぶ受け入れるしかない…。

 そしてそこから「自分の馬鹿さ加減を思い知らされてどうするのか?」と考え、我が身の丈と現実の調整をしていくことが個人的には面白い、というか「あ、これが地獄みたいな現実世界で生きる意味なんだろうか?」なんて想うんですよねぇ。

 もちろん欠陥人間の私には未だその解決策が見えないし、生きてる間にどうにかできる見込みや自信もありませんが、反面それは「死ぬまで退屈しない人生を約束されてる」と解釈することにしていますよ。

 山の生き物たちと接してると、1シーズンで命を終える植物や虫たちもあれば、数年から十数年の間山で生活する動物たちから学べることが沢山あるような気がしてなりません。
 連中とは日本語が通じないし直接教わることはできないけど、あとは私の気持ちや感受性次第なんでしょうねぇ。


 えーっと、今日は本当は「江戸時代とかに学べば、電気や文明の利器なんか無くとも文化的で充実した生活をおくることが可能じゃないか?」というテーマの予定だったんですが、例によって書いてるうちに思いつきが暴走して予期せぬ終わり方になってしまいました (^_^;
 
 ま、酔っぱらいが寝る前に書いてるブログだから、いつものことなんですけど…。



テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

6年目の扉

 そういやさっき気付いたけど、昨日がブログを始めて5周年だったんですねぇ。
 ま、自分の誕生日も忘れるくらい「記念日」というもんに無頓着だからどーでもいい話ですが…。


 以下は過去にも書いてることですが、ここは相変わらず日記と作文の練習を兼ね無責任に書き捨ててるだけなので、アクセス数やコメントを増やしたい希望は無いしそのための努力もしてません。
 ちなみにリンクは無許可で勝手に張ってもらってOKですし、滅多にないが相互リンクやトラックバックも問題がない限りすべて受けてはいます。

 それと議論や争いごとは好まない(リアル世界でも)んで、批判的なコメントには承認も返答もしないのであしからずです。馬鹿でロクデナシと自覚してる私に難しいこと言われても困りますしねぇ…。
 

 それから時々「見学希望」の方がおられますが、原則受付けてないのでご容赦ください。
 というのも我が家は「ド素人が自己流のぶっつけ本番で建てたボロ家」にすぎず、参考になることはないと思いますよ。それに建築のことはやっぱプロの職人に聞くのが間違いないと考えてますし。

 あと自給自足的なことに関しても、これまた自己流で試行錯誤の暗中模索状態です。
 これもやはり自然農法とかの実績があり、執筆活動や体験セミナーみたいなことをしている方に教わるのが一番かと思います。

 それより何より私は自己管理がいい加減でだらしない性格だから我が家の屋内外はメチャクチャで非常に見苦しいことになってます。
 とても自慢できるような生活環境じゃなく、格好悪すぎて他人様には見せられないという気持ちもあるわけです …f(^_^;


 個人的には大工仕事や農法に対するこだわりがあまりなくて、道具類もホームセンターの安物ばかりです。
 なのでブログに技術的な詳細を書くのが面倒くさいし、それ以前に人様にお教えできるようなノウハウもありませんしねぇ。
 自分で考えテキトーにやってみて、それがうまくいったら嬉しいがそれでダメならまた考えてやり直せばいいやっ、などというでたらめスタイルです (^o^)


 というわけで結局のところは「生活そのもの」が面白いというだけのことでした。
 食事を作り風呂を沸かして洗濯する…みたいな普通の人間が都会でも外国でも日常当たり前にあることをして、日々を生きることが目的であり生きがいだったりしてます(でも掃除と片付けは才能がないというか苦手だよなぁ…)。

 ところで今日は家事以外にも1年寝かせた人糞を畑に撒き、それからトイレの汲み取りをしました(やっとトイレが使えるようになった!)。
 それから風呂場の配管が(たぶん厳冬で凍り)破損してたのでそれの修理も。
 それらは「生きるために必用なことをどこまで自力でできるんだろ?」という、面倒だけど自分で生活を創れる楽しみでもありますね。


 …私がここに来た時はカラマツとスギに雑木が混在する山林でした。
 そして普通の乗用車やスポーツバイクじゃ無理かな?と思えるくらい林道も未舗装のボコボコでしたよ(その後整備されて道は良くなったが)。
 当然「電気ガス水道」というライフラインは全く無しのキャンプ生活からスタートしたわけです。

 例えばそんな山林を「好きに使っていいよ」と与えられたとして「冗談じゃないよぉ、こんな何もないところ!」と思うか、「こりゃあ隣近所を気にせず、好き勝手ができる理想郷だぁ!」と思うかで、山暮らしの向き不向きが性格分けされるのかもしれませんね。

 もちろん私は後者に属するタイプだから、たぶん野垂れ死にするまでこのまま続けてるような気がします。
 そして6年目に入ったブログなんかも、ついでにボチボチ書いたりしてるわけです…。
 



テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

鳥獣害に理想郷をみる

 何年か前に訪れた農家の庭先には大量の実を付けたナシ(梨)の木がありました。
 道ばたにはたくさんの完熟果が落ちていて、試しに拾って味見したら市販品を驚愕する香りや甘みと濃厚な味に驚いたものです。

 聞くと自家用で出荷もしてないから家人や親戚だけじゃ食べきれないとのこと。そして夜になるとタヌキが集まってきて落下した実を片付けてくれるそうです。
 たぶんナシの木としても種を運んで子孫を広めてくれるタヌキの存在を歓迎してるんじゃないかと思いましたよ。


 ところで我が家の家庭菜園を食料とする人間以外の存在がいまして、世間では「鳥獣害」や「病虫害」なんて呼んでるわけです(病虫害については後日気が向いたら書きますね)。
 ここではサルやイノシシみたいに対策が難儀な奴は今のとこ出てないが、タヌキやカラスにネズミ、ウサギあたりがイタズラをしてるようです。
 …連中は別に私を怒らせることを目的としてないんだが、話し合いで解決できない相手だから厄介ですね(それ以上に厄介なのは言葉が通じても話の通じない人間なんだが…)。
 
 で、その対策法ですが、まずは無防備につくって実際に被害を受けてみるのがお勧めです。
 「なにを馬鹿な!」と言われそうですが「事前にあれこれ心配する」脳ミソを持たない私としては、結果を見てから考えるのが一番合理的かと…。
 たとえ野菜が全滅しても近所のスーパーに行けばちゃんと買えるんですから、畑の鳥獣害で死ぬことはないと思いますしねっ (^o^)
 

 さて、我が家で鳥獣害にあう野菜は現時点で「トマト、ナス、キュウリ、イチゴ、トウモロコシ、エダマメ」あたりかな。
 基本的には198円くらいで売ってる安い防鳥網を張り巡らせば解決です。
 説明書きを読むと畑の上に張るもんらしいが私は支柱を立てて地面から張り囲んで、鳥が気になる時は上空に糸を適当に張ったりもします。
 ただしネズミには効果ないようでイチゴとかは目の細かい網をトンネルにしてます。
 海に飛び込むほど大発生でもしない限りネズミの被害は微々たるもんだからイチゴ以外は気にしてません。

 ちなみにトマトやキュウリは昨年みたいに豊作だとアホみたいに出来てしまい、半分以上食われたところで食生活に支障なしだから多少の被害は無問題ですよ。
 特にキュウリに関しては対策自体したことがありません。時期が来ると人にあげても処分できないほどだから逆に食ってもらいたいくらいですし…。
 なので食いきれないほどの実り豊作が毎年続くなら、逆に鳥獣害対策は不要ともいえますよねぇ(私は農業者じゃないから気楽なことが言えるわけですが)。
 
 ただしトウモロコシだけは網を張らないと壊滅状態になってしまいますよ~。
 どうもタヌキやカラスの大好物らしく、未対策だと茎を全部倒されて人間が食べられなかった年もありましたし。
 もちろん我が家はせいぜい数十本しか植えないからで、大量に栽培すれば「大勢に影響なし」となるかもしれませんけど…。

 そういや前に読んだ本で「出荷できないトウモロコシを別の場所に積んでおいたら、タヌキがそちらばかりを食べて畑を荒らさなくなった」なんて話がありましたね。
 それと「鳥専用のコマツナ畑をつくったらそっちに集まって(アオムシがたくさん発生するからか?)畑に来なくなった」というのも憶えてますよ。

 所有権なんて概念は人間界だけの話で(私も人間だから従う義務はあるけど)山の生き物たちには知ったことじゃありません。
 それに連中は私みたいな新参者と違い、この山で数百年からもしかして数千年以上もの期間生きて子孫繁栄してきた存在です。
 連中には本能の裏付けがあって生きてるし、人間は自然の生き物や環境と共存や棲み分けできる知恵を持ってるはずだと思うのですがどうなんでしょうねぇ。


 そんなことを考えるきっかけになったのは我が家に自生して毎年たくさんの実を付ける「クワの木」の存在です。
 私や来客(人間)が手当たり次第に好きなだけ食べて果実酒にしたりもして、鳥たちも寄ってたかって気の済むまで食べてるし虫たちもそうです。
 それでも食い尽くされたことは一度もなく、時期が過ぎれば大量の実が腐ってしまうわけです。

 個人的には出来た野菜を全部収穫して使わなきゃ「もったいない」気持ちがあったんだけど、植物の立場としては「腐るほど実らせて何が悪い!」ってことなのかもしれませんね。


 もしも、の話ですが「おカネやそれに類するもの」が存在しない世界があったとしたら、人間が必要以上に作物を「独り占め」する理由がなくなるんじゃないでしょうか?
 そして毎年「腐るほど」に豊かな実りがあればそれは山の生き物全体の食料財産となり、人間は最低限の管理をするために知恵を役立てる存在でいいと考えてみました。
 
 ま、私はナマケモノなんで最低限のことしかしたくないんですよ。
 だから外から苗や肥料を買ったりせず土地だけで完結循環し、手入れや耕耘という面倒な作業からもできるだけ解放されたいと想ってるわけです。

 そして山の生き物たちみたいに本能と仲良しになって、おカネや規則に束縛されない自由な人生の最期に「地球に生まれてよかった」と笑顔で土に還れたら、それが私の理想ですねぇ。

 うーん、どこまで実現できるかわかりませんが、焦らず楽しみながら少しずつでも向かってゆけたらと考えるこの頃でした。





テーマ:ロハス&エコロジーライフ - ジャンル:ライフ

自分勝手に生きてる身分ですが…

 昨日隣町の友人からメールがありまして、今年は平地でも久々の大雪で大変みたいですね。

 
 実家にもどって以来、ほとんど夕食は私が作ってるので買い物にもちょくちょく出かけてます。
 で、思ったんだけど昨年より食材全般の物価が上がってるような気がしますよ。
 山暮らしだと産地に近いせいか農産物や魚介類が安いわけで「野菜高騰!」なんてニュースも人ごと感があったけど、ここにきて実感しました。

 今は3軒のスーパーを巡回してますが、それぞれに品揃えや売り方の傾向が異なるから買い物自体は面白いです(日常生活そのものが楽しくて好きなんだよなぁ…)。
 しかし東京に来てもやっぱり食材が半額処分になる時間帯(実家では食後になります)とかに出かけてしまうわけで、なんか山暮らし中と変わらないパターンですよねぇ (^_^;



 ところで近ごろ暇に任せてネット情報をあちこち見てると世界的な天候不順、というより自然災害が多発してるらしく主食(コメ)が安値なのは日本だけみたいな感じがしましたよ。
 脳天気なこのブログで不安をあおる気もないが、これから食料品の高騰が懸念されてる上に増税や就業難とかでさらに住みづらい世の中になりそうな気配のするこの頃ではあります…。


 そのせいか最近は「食糧難に備えて田舎で自給自足生活」って考えが、多少は市民権を得てきてるように思います。
 私が山暮らしを始めた頃は人様から「馬鹿か変人のロクデナシ」という評価しかいただけなかったが、近ごろは少数ながら好意的に解釈してくれる人が発生してきてるような気もしてる。

 ま、自由で自分勝手に生きられるのは無人島か山の中くらいしかないだろ?というお馬鹿な発想からこの生活を始めただけなんで、いずれの評価にも違和感があるんですけど…。
 

 我が家では一応「自給自足」を目指しながら家庭菜園をしてるとはいえ昨年はたまたま豊作だっただけで、一昨年のような悪天候を食らえば夏以降もやっぱある程度の野菜を買うことになってしまいます。
 個人的経験ですがそこそこ真面目に家庭菜園を始め、なんとか今のように収穫できるまでに5~6年はかかってるし、それでも相変わらず課題山積でやるほどに自分の知識経験のなさを実感してしまいますよぉ。
 さらに一昨年以上の悪天候になったなら、どれほど収穫というか自給自足できるか全く自信ないのが現実です。

 
 本を読んだ知識だけなら、例えば福岡正信さんの自然農法だと「こりゃどんな馬鹿でも簡単にコメがとれるじゃん」と、昔の私は勘違いしましたね。
 今は岩澤信夫さんの不耕起無肥料無農薬の稲作本を読んでますが、どちらも結果だけを人ごととして見るなら「な~んだぁ」というほど簡単ではあります。
 だけどどちらもこの「単純明快な農法」に行き着くまで数十年の苦労や試行錯誤を重ねた事実があるわけで、さらに本に書ききれない繊細なノウハウも沢山あることでしょう。
 …文章だけでなく、そんなことも読み忘れてましたよ。

 ちなみに福岡さんの方法は温暖な四国地方での話で、作付けするイネも多収で土地の気候風土に合うよう品種改良されてるようです。なので雪国の我が家では同じことが通用しないと考えました。
 で、先人達に遠く及ばない「無能でナマケモノ」の私が、我が家の土地(というか土壌)と風土に適し気候の変動にも強い、しかも自己流の菜園を作れるまでどれほどの年月がかかるのだろう? …ってのが今まで実際にやってみた素人の感想ですよ。


 大抵の仕事はそうでしょうが、ある程度任せてとりあえず使いものになるまで就職して5年くらいはかかるし、管理や人材育成までできる「一人前」になるには相当な年月がかかるものです。
 もちろん「農業」も同様で、田舎に移住して農地を手に入れさえすれば「すぐに百姓になれる」「自給自足できる」という発想自体に無理があるかと私は思います。


 というわけで、たまに田舎暮らしの相談を受けると私は「持ち家の確保より前に、その土地で働いて信頼関係を構築すること」や「閉鎖的なムラ社会に入るより、すでにヨソ者が多く定住してる別荘地の物件を購入する」なんてことを勧めてますよ。
 たぶんその方が現実的で、もしもダメだった時に備え退路を温存した堅実な方法だと考えるからです。

 とはいえ人それぞれに合ったアプローチがあるだろうし、最終的には自分で考え決めることでしょうから一概に言えないことも承知してるつもりです。。
 だいたい私自身も上記のような正攻法?じゃなく、カブ号に乗って「でたらめ無手勝流に」山へ突撃して何とかなってるわけですから …f(^_^;

 

 最後に余談ですが、親を見てて尊敬することのひとつに「隣近所とちゃんとお付き合いしてる」ことがありますよ。
 町内会(自治会)の役割分担をこなして、困ったことは相談したり助け合ったり「お裾分け」したりと昔ながらの人付き合いをしています。
 そういや前に母が入院した時に私の到着は間に合わなかったが、親切ありがたいことにお隣さんが車を出してくれましたよねぇ…。

 もしも「厳しい時代に生き残る」ことのみが目的なら面倒な田舎暮らしや自給自足を目指すより、普通に昔ながらの近所付き合いや信頼関係を築いた方が身近で現実的じゃないだろうか?なんて思った次第です。
 …少なくとも戦中戦後の食糧難はこのライフスタイルで乗り切った実績がありますからね。


 ま、私みたいに無愛想で付き合い下手な「でたらめ人間」が偉そうに語れることじゃありませんけど…。

 



テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。